第六章 - Ⅲ

 店内に木霊する幼めの少女の声。どこかで聞き覚えがあったような、不思議な感覚だ。

「キララ、もう来ていたんですね」

 その姿を認めた先輩はてくてくと、声の聞こえた方へと歩き出す。僕も一緒に、声の主の姿を目にした。

「もしかして、この前の夏祭りの」

 そう。夏祭りのとき、あのステージで歌っていた金髪少女。まさに、彼女がそこにいた。

「んー、キミ、キララのこと知ってるの? 嬉しいなぁ!」

 ツインテールを揺らし、手に持った魔法少女のステッキを振りながら、全身で喜びを表現している。彼女の服装は、あのときと同じステージ衣装風の制服だ。

「知っているなら話は早いですね。彼女は光鱗こうりんキララ、隣町の高校に通っています」

「そうそう、キミ、竹谷タカトくんだよね。有名だから覚えちゃった、よろしくね!」

 微笑むと同時に、キララの八重歯が覗いた。握手を求められ、それに応じていいのかどうか迷う。ここにいるということは、キララも何かしらの関係者に違いないからだ。

「握手、してくれないのー? キララ寂しいなぁ」

「ああ、ごめん」

 躊躇した僕に追い討ちをかけてくる辺り、何か企んでいそうな気配はした。手を差し出すと、それを取るように彼女は握手をする。

「ありがと! で、ササコ。本題には入らないのー?」

「ええ。まだ来ていない方がいますからね」

 とりあえずアイスコーヒーをふたつ、僕と先輩の分を頼もうとしていたとき、先輩が別の誰かの存在を示唆した。まさかと思いつつ問い掛けてしまう。

「それって、ヒトヨ……さんだったりしますか?」

「ヒトヨは来れないって言ってたよ、またヒドゥンに食べさせる人間を狩ってるのかな、日中なのによくやるよね」

 キララは自分のオレンジジュースをストローで吸い上げつつ、さりげなくとんでもないことを言う。

「キララ、あまり私たちの情報を話すのはどうかと思いますよ」

「あー、そだねー。でもこのカフェ、あんまり人間がいないしいいんじゃない? それに聞かれたところで、誰も信じないよ。というかさ、タカトくんヒトヨのことも知ってるの? 人間なのにすごいねー!」

 僕のことを「人間」と呼称する辺り、キララも執行兵で間違いはない。僕は敵に囲まれているわけだが、不思議と緊張していないのは気のせいだろうか。しかし、彼女たちは必要とあらば人間すらも簡単に殺す。先日のヒトヨがいい例だ。

「えっと、まあ。ヒトヨさんとはちょっと面識があって」

「へー、そういえばさー、あのササコの学校の男の子、ヒトヨが殺したんでしょ? ヒトヨが容赦ないのは知ってるけど、タカトくんよく殺されずに済んだよね。悪運強い?」

 まさに僕が思っていた話題を出され、ビクッと肩が跳ねる。周りに客が少ないのが、本当に不幸中の幸いだ。僕たちの会話など誰も聞いていないし、そもそも関心がない。

「キララ」

 さすがに目に余ったのか、少々低い口調で、哀原先輩がキララを呼ぶ。

「ごめんごめん。というか、アミナ遅いねー」

「そろそろ来るかとは思いますが、どこで道草を食って――」

 ぼそり、とキララが呟いた名前。僅かな疑問は、店の扉に備え付けられた古臭いベルの音で掻き消されてしまう。

「いらっしゃいませ、おひとり様ですか?」

 店長が対応している声がここまで聞こえた。扉に背を向けていた僕は、その場で振り返る。夏だというのに黒い皮の衣服を身に纏った、長身の女性。くすんだ赤色のショートヘアは、パーマをかけたようにくるりと巻いている。その鋭い眼光が、僕に突き刺さる。

「いっ……!」

 なぜ、視線だけでこうも委縮してしまうのか。その理由が、分からない。

 女性は店内を見回し、僕の向かいの席の先輩とキララの姿を認めた。

「いや、待ち合わせだ。さすがにもうみんな揃ってるか。悪ぃな、遅れた」

 ブーツを鳴らして席へと歩み寄る彼女。歩く度に、金属製のアクセサリーが音を立てた。声は女性のものだが、言葉遣いが妙に荒っぽい。

「遅いですよ、アミナ。もう待ちくたびれました」

「まあまあそう言うなよ、ササコ。キララも悪かったな、いきなり呼び出して」

「いいよいいよ。アミナがどこで何をしてるか気になってたし、久々に会いたかったし!」

 女性……アミナと呼ばれた彼女は、哀原先輩をキララと挟むように座った。そして、僕が三人と向かい合う形になる。アミナと視線を合わせられない。彼女が来店した瞬間から、僕の額の汗が止まらない。口の中が乾いて、上手く息もできない。

 そして、何故か胸の奥につかえるような既視感を覚える。僕は、この人にどこかで会った事がある? いや、そんなはずはない。

「ってことで、お前が例の人間だな。顔上げろ、竹谷タカト」

 意図的に視線を逸らしていたことがバレたようだ。おずおずと顔を上げると、今度はアミナの視線に釘付けになってしまう。

「は、はい」

「そう緊張すんな。っていうのも無理な話か。もう知っているとは思うが、アタシたちは執行兵。それも――」

 ヒメノから聞いていた、聞きたくなかった言葉を、彼女は紡いだ。


「――ディカリア、知らないとは言わせねえぞ」


 眼光が、鋭くギラリと向けられる。殺される。本能的な恐怖が、僕に襲い掛かる。

 何と答えれば彼女を刺激せずにこの場を切り抜けられるのか必死で考え、両拳を固く握って、震える声で言う。

「……知、ってます。執行兵のことも、ヒドゥンのことも。他の人間よりは、詳しいかと」

「あはは、すごい自信だね。まあ当然かー、キララたちの正体を知って生きてる人間なんて希少種中の希少種だもんねー」

 ころころと笑うキララを他所に、アミナがにやりと笑った。

「お前がその辺りを知りすぎてるのは分かってたんだけどよ、どうやってアタシたちの記憶の操作を掻い潜った?」

 クレインの姿が、脳裏に浮かぶ。彼女に話していいものか。迷った末に、僕は本当のことを話した。話してしまった。

「僕は元々、とある執行兵の記憶操作を受けていました。その記憶操作は、他の執行兵よりも強力な物……僕は、そう聞きました。だからだと思います。先輩の記憶操作も、通じなかったのは」

「は、そんな理由かよ。じゃあなんだ、そのお前の記憶を操った執行兵は、任務を放棄しているとでも言いたいのか? とんでもなくイカれてやがるな……っと、それはアタシたちが言えた台詞じゃねえなぁ」

 アミナの言葉は、どことなく自嘲気味に聞こえた。が、それをまったく意に介していない様子も、確かにうかがえる。

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