第六章「本当の敵は」
第六章 - Ⅰ
「じゃあタカト、行ってくるわ。何かあったら、ミオリを介して連絡すること。いいわね?」
夏祭りから数日が経過し、夏休みも半分ほど過ぎようとしていたころ。ミオリと僕はバイトが入っており、他の三人の予定が空いていたある日。クレイン、ヒメノ、ホノカの三人で出かけることになったらしい。といっても、行先は駅前のデパート。電車に乗るわけでもないし、何かあればすぐに駆け付けられる距離だ。
それに、こちらにはミオリがいる。執行兵がひとりでも付いていれば、ひとまずは安心だろうと踏んでいた。
「うん、分かった。それにしても珍しいメンバーだよね」
薄手のロングスカートの裾を気にするクレインは、僕からの問い掛けに言葉を詰まらせる。
「むっ……し、仕方なくよ、仕方なく。ヒメノは「すまーとふぉん」が欲しいって言うし、ホノカは人間のお店に行ったことがないからって言うし。私は付き添いみたいなものよ」
その割に、彼女が昨日の夜遅くまで今日着ていく服を悩んでいたのを僕は知っているので、どこか微笑ましく思う。
「そっか、本当は僕も行ければよかったんだけどね」
「仕方ないわよ。そうだ、もし時間があったら、あなたのバイト先にお邪魔させてもらうわ。場所はヒメノに訊けばいいし」
「えええっ!?」
真顔でとんでもないことを言うので、思わず声を上げてしまう。
「だって、興味があるもの。あなたとミオリが働いているところ」
悪戯っぽい笑みを見せるクレインだったが、僕の心中は穏やかではなかった。バイト中の姿を見せるのは正直恥ずかしい。同僚であるミオリに対しては何も感じていなかったが、相手がクレインとなると話は別だ。
「そういうことで、後で会うかも知れないわね。そろそろ行くわ」
「あ、うん。行ってらっしゃい」
夏空の下、サンダルのヒールを鳴らしながら歩き出すクレインの姿。両手には、彼女を象徴するヴァリアヴル・ウェポン、アマト。彼女たちがヒドゥンとの戦いから解放される日が来るのかどうかは、恐らく誰にも分からないのだろう。
クレインを見送った後、僕はバイトまでの時間を潰すべく、部屋へと向かった。
思えばひとりになるのは久し振りだった。家にいてもどこに行くときも必ずといっていいほどクレインと一緒だったし、その状況が不満だったわけではないが、緊張感を持ってしまう自分も確かに存在した。そんな状況で、満足に考え事ができる機会もなかった。
ひとりだけのベッドに横になりつつ、不意に思考を巡らせる。ディカリアとの戦い、ヒドゥンとの戦い。そんな中で、僕ができる役割。彼女たちがいる日常が、当たり前になりつつあって。それがよいことなのか悪いことなのかは、分からない。
僕の力は、いったい何のために発現したのだろう。明確な答えは出る気配すらないが、ともかく、発現してしまったからには有効に使いたい。この後の戦いにおいても、彼女たちをサポートできるある種の武器になれたのなら、それで僕の役割は確立される。囮役も兼ねて。
時計を見ると、出勤までまだ時間があった。ゆっくりと眠るにはちょうどよい。涼しいエアコンの風を感じつつ、目を閉じようとした。そのとき。
「ん……?」
微かに聞こえた、インターフォンの音。両親は仕事に行っているため、家には僕ひとりだ。親が頼んだ配達業者か、クレインが忘れ物を取りにきたか。どちらにせよ出なくてはいけない。
むくりと起き上がり、玄関の扉を開く。
「はい……――えっ!?」
その瞬間の僕は、とても間の抜けた顔をしていたに違いない。ふわりと揺れた一房の髪と、柔らかな微笑み。寒色のサマージャケットに膝上のフレアスカートといった大人びた出で立ち。思わず目を見張る僕。
「こんにちは、タカトくん。いきなり押しかけてごめんなさい」
しかし、僕の気持ちも考えて欲しい。何日か前に会った高校の先輩がそこにいたら、誰だって動揺する。
「――哀原、先輩? どどど、どうして僕の家に?」
至極当然の質問をすることしかできない。動揺が、更なる動揺を呼んでいるようだ。
「さあ、何でしょう? もちろん、用事がないのに来たりはしません。私だって暇ではないので」
その「用事」について詳しく訊きたいところなのだが、生憎僕は部屋着のままだ。バイトに行く準備をまるでしていなかったことと、先輩をこのまま炎天下に置き去りにするわけにはいかないと考えた僕は、慌てて先輩を招こうとする。
「ですよねー……あ、僕、これからバイトなのでそれまでの時間でよかったら上がってください」
「いつものカフェのバイトですか? 夏休み中もお仕事なんて偉いです。でしたら、上がらせていただきますね」
そもそも先輩が僕のバイト先まで把握しているとは信じがたい事実だ。これも、ディカリアの情報網なのだろうか。だとすれば、僕の家を知っていても合点がいく。
ともあれ、警戒を怠ってはいけない。家に入れた瞬間に、武器を生成されてぐさり、という展開もあり得るかもしれないからだ。もっとも、それは単なる僕の杞憂に過ぎなかったのだが。
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