第五章 - Ⅺ

 お使いの品を頭の中で反芻しながら夏祭りの会場内を進む。先ほどに比べ人が疎らになってきたが、その理由は簡単で、この後に始まる花火を見るための席を確保しに行っているからだ。見ると、学生たちのブースも既に撤退している場所もある。

「えっと、まずは……」

「たこ焼きも忘れないでくれ、タカト。まあ、ミオリ達が言う品を買えば十分すぎるだろうが」

「そうだね。冷めちゃうとあれだから、最後に買おうか」

 なるべく冷めても支障の無さそうな物を、と考えて、まずはヒメノが言う甘味類に目を向けることにした。わたあめやりんごあめなどは時間が経っても美味しく頂けるはずだ。そして、ホノカにはぜひ出来立てを、という思いで、たこ焼きは最後に買うことにする。

 首尾よくりんごあめの屋台までやってきた。僕の前にひとり、女性が並んでいる。彼女はりんごあめ屋の店主に一礼すると、飴の吟味を始めた。その会話が、僕たちにも聞こえてくる。

「ええっと……これ、一番大きそうなやつをください」

「はいよ、百円ね。って、よく見たら会長さんじゃないか。学生さんたちのブース、盛り上がってるみたいだな」

「ふふ、あれは他校の生徒のブースですよ。去年から始めたらしいですが、もうファンの皆さんで盛り上がってましたね。私たちも来年からやろうかなぁ。あ、来年にはもう卒業しちゃってますね」

 和気藹々と話す女性。後ろ姿は、一房の長い髪。落ち着いた藍色の浴衣が良く見合っていた。

「ん……?」

 それより。この声は何処かで聞いたことがある。いや、彼女こそ、僕たちが探している――。


「哀原、先輩?」


 りんごあめを受け取ったタイミングで、哀原先輩と思しき女性が振り返る。

 そのとき、見えてしまった。栗色の髪に隠れた、何かが光るのを。


「あれ、タカトくん? お祭り、来ていたんですね」

 くすっと笑う先輩。りんごあめを片手に持ったその姿が、とても可憐に映る。しかし。

「生徒会長! ようやく見つけたぞ。刀の錆に――」

「ホノカ、落ち着いて!」

 傍らのホノカが突然声を荒げたので、僕は思わず彼女の手を引いて止める。怪訝そうな顔をする先輩と、周辺の人たち。もしホノカがサトラを抜いて斬りかかるようなことがあったら、騒ぎになりかねない。

「ホノカさんも一緒だったんですね。おふたりとも仲がよくて羨ましいです」

「くッ……」

 嫌な場面で出会ってしまった。周りには大勢の人がいる状況、少しの騒ぎも起こすことはできない。だが、クレインたちを呼んだところで、結果は一緒だろう。

「あの、哀原先輩」

 そこで。揺さぶりをかける意味もあり、僕はとある質問を投げた。

「――生徒会副会長が、先輩のことを探してましたよ。他校のブースに行くって」

 哀原先輩の眉がピクリと動いた。そう。あの副会長は、ヒトヨに殺された後ヒドゥンに食われて死体すら残っていないはず。ディカリアである哀原先輩も、当然周知の事実だろう。

 しかし。

「そうですか。先ほどから姿が見えないと思ったら、私を探していたんですね。情報提供、ありがとうございます」

「タカト、何を!」

 事の顛末を分かっているホノカが食って掛かることは予想済みだ。今はこうして、哀原先輩に僕たちの存在を植え付けるだけでいい。そうすれば、自ずと意識をしてくれるはずだ。

 結局、哀原先輩は何もせず、その場から歩き去った。僕の瞳には、先程のピアスの輝きが、いつまでも焼き付いていた。


**********


 その後。僕とホノカは先輩を追うことはせず、ミオリとヒメノが所望する甘味類や屋台の味を購入してから、帰路に就いた。

「お帰りなさい。随分と遅かったのね」

 ミオリ邸のインターフォンを鳴らすと、若干頬を膨らませたクレインがドアを開けた。浴衣からは既に着替えを終えており、今の彼女は空色のワンピース姿だ。

「ごめん、ちょっと買い物に手間取ってね」

「生徒会長や他の執行兵らしき奴らとは会わなかったみたいね。武器が反応しなかったし」

「そのことなんだけど……中で詳しく話すよ」

 首を傾げながらも僕とホノカを中へ招き入れるクレイン。上がると、奥には既に二次会モードのミオリとヒメノがいた。彼女たちも浴衣姿ではなく、各々の私服姿だ。

「おー! たくさん買ったんだね!」

「わたあめが袋に入っているタイプなのが残念ですが、味は変わらないでしょう。さあ、食べましょうか」

 買ってきたものを取り出し、ホノカも着替えを済ませたところで、簡単な二次会が始まった。屋台の戦利品に手を伸ばしつつ、僕はあの出来事を話すことにした。

「あのさ、クレイン。言いにくいんだけど、実は哀原先輩に会ったんだ。偶然、同じ屋台に並んでて」

「なっ……どうして、連絡をしなかったのよ」

 たこ焼きを楊枝に刺して口に運ぼうとしていたクレインは、少々強い口調で問いかけてくる。説明をしようと言葉を選ぶ僕に、今度はホノカが口を開いた。

「連絡はともかく、なぜあの場で私を止めた?」

「他にも人がいたし、武器を取り出しでもしたらトラブルになるかと思って」

「そういう躊躇は身を滅ぼすわよ。ホノカも、すぐに連絡をしなさい」

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