第五章 - Ⅹ

「まさかそんなことがあったなんて、ごめんっ!」

「完全に不覚でした。申し訳ございません」

 事の顛末を聞いたミオリとヒメノは、深々と頭を下げて謝った。

「いや、構わない。単独で戦闘を始めたクレインにも責任があるし、ヒドゥンとの戦闘に神経を使いすぎた私も同罪だ」

「そうね。よくよく考えたら人手は多い方がいいもの。ともかく、今はあの生徒会長を探すわ。何かあったら、すぐに連絡を取ること。でもタカト、あなたはひとりで行動するのは危険だわ。いつあのヒトヨとかいう執行兵に首を刈られるか分からないし」

 確かにクレインの言う通りだ。彼女たち執行兵が付いていなければ、僕は無力な存在。悔しいが、ヒドゥンや敵の執行兵に対しては何もできないのが事実だ。

「そうだね。じゃあ、クレインと一緒に行くよ。君の怪我も心配だし」

「よーし、じゃあサクッと生徒会長を見つけて、真相を訊き出さないとね!」

「ええ。今度は真面目に働かせていただきます」

 言うなり、ミオリとヒメノはその場から散会した。

「私たちも行きましょう、タカト。ホノカも頼んだわよ」

「ああ……タカト、その。ひとつだけいいか?」

「どうしたの?」

 その場から離れようという段階で、ホノカが僕にそっと耳打ちする。

「――この埋め合わせ、後でしてもらうぞ」

 思えば、ホノカとは約束を取り付けてそのままだった。これは夏祭りが終わったらミオリの家で二次会も視野に入れなくてはと本気で思う。とはいえ、今は状況が状況だ。返事を返すことしかできないが、僕は頷く。

「うん。約束、忘れてないよ」

「……! ありがとう」

 会話の中で綻んだホノカの表情。彼女も首のネックレスを揺らしつつ、ミオリとヒメノを追うように歩き出した。

 僕たちの会話は、少し離れたクレインには聞こえていなかったようだ。とはいえ、彼女が不満そうな顔をしていたのは、言うまでもない。


「哀原先輩、確か他校のブースに行ったって話だったよね」

 今は亡き副会長の言葉を信じるのであれば、哀原先輩は遠巻きに見える舞台の方へ行ったということだ。あの舞台ではまだ何も始まっていないが、既に人だかりができている。

「ええ。それにしてもあのステージ、何が始まるのかしら」

 ステージまで距離があるとはいえ、決して見渡せない距離ではない。花火の前の余興だろうか、それとも他校の生徒の発表か。

 その答えは、直後に判明した。


「みんなーっ! 今日は来てくれて、本当にありがとうっ! 魔法少女マジカル・キララちゃんのライブ、楽しんでいってねー!」


 唐突に現れたのは、目の覚めるような金色の髪をツインテールにまとめた少女。ステージの上から最前列の人だかりに対してウインクを飛ばす。

 最前列には鉢巻にサイリウム、少女の顔を模したプリントがなされたTシャツ、という出で立ちの男性が多い。ステージ上で歌を歌い始めた少女に対し、縦横無尽に身体を動かし、応援を重ねる。

「みんなの声、いーっぱい、届いてるよーッ! それじゃあ、今日もこの曲から、いっちゃおうっ!」

 よく見ると隣町の高校の制服に似ている。が、ふんだんに扱われたフリルやレースが、制服という印象を完全に打ち消している。アイドルのステージ衣装、という表現が一番納得できた。

「ねえタカト、あれって――」

「うーん、高校生みたいだけど……俗にいうアイドルってやつじゃないかな?」

「ふーん、アイドル、ね」

 彼女はステージ上の出来事にあまり興味はないようだ。女児向けアニメに出てくるような魔法のステッキを持ちながら歌う少女の姿は、こちらまで応援されているような気分になった。

 ともあれ、今は哀原先輩を探さなければいけない。少女の姿を見ていたい気持ちに駆られつつも、僕とクレインはその場を後にした。


 アイドル少女の歌をバックに探し続けた甲斐も虚しく、哀原先輩の姿を見つけることはとうとうできなかった。既に帰ってしまったのか、この人混みに紛れてしまったのか。真相は定かではないが、取り急ぎホノカ達と合流をすることにした。

「こちらも収穫無しだ。申し訳ないが」

「こっちも全然、ヒメちゃんも?」

「ええ。見かけたのならば連絡していますし。ところで食料さん、あのステージ上でやっているのは何なのですか? 少し耳障りでしたが」

 一番興味のなさそうなヒメノが、ステージ上で未だに歌って踊る少女を見ながら、明らかに嫌悪感に満ちた表情を浮かべた。

「ええっと、クレインにも言ったんだけど、アイドルってやつだと思うよ。君たちの世界にはいなかったの?」

「いませんでしたね。その、甲高い声もそうなのですがあの応援している男たちも目障りですね」

「ヒメちゃんがそういうふうに言うのって珍しいね。あー、だからスマホ、ピンク色にするの嫌がってたんだ!」

「そういうわけではないですが……はぁ、それより、一旦ミオリの家で作戦を練り直した方がよさそうですね。というわけで食料さん」

 何故かずいっと顔を寄せてくるヒメノ。その瞳は、どこか輝いているようにも見えた。

「え、ど、どうしたの?」

「わたあめとりんごあめとチョコバナナと大判焼きを所望します」

「あ、私は焼きそばと焼きとうもろこしとフランクフルトとイカ焼きねー!」

「えええッ!? お使いってこと?」

 お使いというよりはパシリだが、ミオリとヒメノはうんうんと頷きながら促してくる。

「そういうことです。ミオリの家で二次会でもしながら、作戦を練りましょう。それでは、先に帰っていますので」

「だね。タカト、忘れないでねー! クーちゃんも行こ?」

 ミオリに浴衣の裾を引っ張られるクレインは、少々バランスを崩しながらも歩き始める。

「ちょ、ミオリ……まあ、あの事を話さなければいけないし、いいわ。ホノカ、タカトに付いていなさい。生徒会長やあの鎌女が襲ってきたら連絡して」

「承知した。ちょうど私もたこ焼きを買いに行きたかったしな」

 クレインたちが歩き去るのを見届けたホノカは、僕の左手に指をそっと絡めた。

「ホノカ?」

「こんなときくらい、いいだろう? 先ほどはクレインに譲ったんだ」

 クレインとは違う、どこか甘い香り。ミオリやヒメノが使っているシャンプーの香りだろうか。思わず心臓が高鳴る。

「分かったよ。じゃあとりあえず買い物、済ませようか」

「ああ」

 普段より柔らかく聞こえたホノカの言葉。僕たちは、再び屋台の並ぶ祭りの会場へと足を踏み入れた。

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