第五章 - Ⅸ

 ササコ、と聞いて、僕はピンときた。いつも名前で呼んでいないから、意識していないと思い出せないこと。ただひとつだけ言えるのは、ホノカの想像は当たっていたということだ。

「哀原先輩も、執行兵……?」

「タカト、本当なの? そういえばこの前の終業式で、ササコがどうとか言っていたわね。そう、あの生徒会長もディカリアの構成員なのね」

「あらあら、口が滑っちゃいましたねぇ。でもいいんです。あなた方はここで死ぬ運命なんですから。特にそこの人間クン、ヒドゥンちゃんが好みそうな血の味をしているんじゃないですかぁ? あぁ、早くあなたの首を斬りたくてたまらな――」

 そのときだった。ヒドゥン、グルタ型がヒトヨの背後へと後退し、威嚇体制を取った。前足にはいくつかの傷があるが、どれも致命傷には至っていない。

 そんなヒドゥンと激しい戦闘を繰り広げていたホノカも、息を切らせながら敵と対峙する。

「はぁッ……このヒドゥン、普段とはまるで違うな。グルタ型は頭を狙えばいいというものではないのか?」

「うふふふ、もっともっと、もーっと人間の肉が食べたくて殺気立っているのかもしれないですねぇ」

 ヒドゥンの前足を撫でつつ不敵に微笑むヒトヨ。その様子を見ていた僕は、ふと何かの違和感に気づいた。

 ――ヒドゥンの背部、首の後ろ辺りに、赤く光る何かが見える。思えば、クレインと初めて会った夜も、ヒメノと出会ったあの日も、ミオリが己の潔白を証明した夜も、そうだった。特に深く意識はしなかったが、僕には奴らの何かが見えている。疑問に思ったとき、傍らのクレインが僕に問いかけた。

「タカト、さっきから何を見ているの?」

「ええっと、上手く説明できないんだけど、ヒドゥンの首の後ろにぼんやりと光が見えるんだ。今日だけじゃなくて、他のヒドゥンと戦ったときもずっと見えてたけど、あれって……」

 クレインが目を見開く。彼女には、いや、彼女たちには見えていないのだろうか。しばらく思考を巡らせたらしいクレインが、アマトを構え直した。

「――! そう。もしかしたら……ホノカ、作戦変更よ。あなたはあの女を仕留めなさい。私がヒドゥンをやるわ」

「大丈夫なのか? あのヒドゥンはかなり強い。いくらお前でも」

「勝算があるからそう言っているのよ。このままジリ貧の戦いを続けるくらいなら、一発逆転に賭けてもいいわ」

 ヒドゥンに寄り添うヒトヨが、会話をしている僕たちを尻目に小さく溜息をついた。

「お喋りは終わりましたかぁ?」

「ええ。今度はこちらから行かせてもらうわ!」

 浴衣の裾のこともあり不安定な体勢だが、クレインはその場で跳躍し、同時に地上のホノカもヒトヨに向かって突進する。

「なッ!? 上からとは、まさに愚策ですねぇ」

 ホノカと刃を交えたヒトヨはクレインの行動を見て怪訝そうな顔をした。が、当のクレインは気にはしていない。

 ホノカが前足を積極的に攻撃したおかげで、ヒドゥンの動きはほとんど制限されているに等しい。空中で勢いをつけ、右のアマトを一振り。突きを繰り出すと思ったところで、あの赤い光が見える首の後ろ辺りに向かって投擲した。

「はぁッ!!」

 鈍い音の残響と共に、吹き出す血飛沫と響き渡る絶叫。

 あの獰猛なヒドゥンならば、そのままアマトを引き抜いてクレインに反撃を加えてもおかしくはないはず。しかし、ヒドゥンは無抵抗だった。あのホノカでも苦戦していたヒドゥンが、わずか一撃で倒れ伏す。ヒドゥンが光へと変わる中、クレインは着地し不安定な姿勢ながらも突き刺さったアマトを回収し、構える。

「な、ヒドゥンちゃんが一撃で? どういうことなんですかねぇ、これは……?」

 ホノカとの斬り結びを中断し、距離を置くヒトヨの表情は、何処となく曇っていた。

「クレイン、流石だな」

「まだ安心するのは早いわ。あの、ヒトヨとかいう鎌女を倒さないと」

「うふ、うふふッ! これは傑作ですねぇ、さっさと帰って報告するに限ります。人間クンの首を刈れなかったのは残念ですが、一旦お開きにしましょうかねぇ」

 ヒトヨがこれ以上、介入してくることはなかった。すっかりと陽が落ちた山林に溶け込むように、彼女は姿を消す。

「逃げた、のか?」

「ちッ……随分と逃げ足が速いのね」

 ふたりも、ヴァリアヴル・ウェポンを元のアクセサリーへ戻した。

 正直、生きた心地がしなかった。あんなにあっさりと人間ひとりが殺されてしまった。それもヒドゥンに食われるのではなく、クレインたちと同じ執行兵に、あまりにも惨い形で。だが、誰に話したところで、血の一滴すら貪り尽くされてしまった副会長を見つけることはできない。この事実は、僕たちの中で闇に葬るしかないのだ。

「タカト、怪我は……うん、大丈夫なようだな」

「タカトの心配より自分の心配をしなさい。ホノカ」

 よく見ると、クレインもホノカもそれなりの傷を負っている。祭りを楽しむ余裕はあまりないようにうかがえた。

「私は大丈夫だ。クレイン、お前にも訊きたいことがあるが、まずは生徒会長を探すのが先決だろうな。彼女がディカリアの一員である確証が取れた。先ほどの執行兵の存在も引き合いに出せば、白状するだろう」

「そうね。ミオリとヒメノにも連絡を入れましょう。手分けして探した方が早いわ」

 その後、戦闘で乱れた服装を簡単に整えた僕たちは、祭りの会場へと戻った。ヴァリアヴル・ウェポンの交信でミオリとヒメノを呼び、ようやく全員集合となる。

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