第五章 - Ⅷ
「まぁまぁまぁ、人間クンにしては整った顔立ちですねぇ。色々な意味で、今すぐ食べてしまいたいくらいですぅ。あはっ、すぐに楽にしてあげますからねぇ」
その色のない瞳で見つめられてしまえば、まるで金縛りにあったように身体が動かなくなってしまう。そんなとき、僕の目の前に現れたのはクレインだった。
「残念だけど、タカトには指一本触れさせないわ。アマト!」
武器を生成しいつものように切り込もうとするクレイン。しかし、今日の彼女の服装はどう考えても戦闘向きではない。足の動きを制限するような浴衣の裾に、彼女は思わず眉根を寄せる。
「くッ……これ、思った以上に動きづらいわね」
「そんな格好で大丈夫なんですかぁ? ヒドゥンちゃん。それを食べ終わったら妹ちゃんを嬲り殺しちゃってください。私はぁ、こっちの人間クンと楽しいことをしますので」
ヒドゥンに話しかけると同時に、大鎌を煌めかせて距離を詰めるヒトヨ。その何を考えているのか全く分からない声と表情が、徐々に近づく。
「あははっ、終わりですよぉ!」
勢いを付けられた鎌は副会長の首を切断したように、僕の命も真一文字に断ち切らんばかりに迫る。が、それをクレインのアマトが拒んだ。静寂の森に、似つかわしくない火花が散った。
「指一本触れさせないって、言ったでしょう?」
「……私、邪魔をするのは好きなんですけどぉ、邪魔をされるのは嫌いなんですよねぇ」
ヒトヨは後方に飛び退いて、クレインとの距離をじりじりと測っている。いつ飛び掛かれば、首を掻き斬れるか。そんな思考が、浮き彫りになっているかのようだ。
対するクレインも、ヒトヨとヒドゥンを前に、アマトを構え直す。いくら多少は開けている土地とはいえ、ここは山林だ。視界も悪く、後ろに回り込まれでもしたらあっという間にあの世行き。副会長の肉を食べ終えたらしいヒドゥンの口の周りには、唾液と一緒に大量の血液が付着している。錆のような臭いが、こちらまで届いてしまって、酷く不快だった。
「うふふ。ということで、次は同時に行きますよぉ!」
地面を蹴るヒトヨに追従するように、ヒドゥンはクレイン目掛けて突進した。ヒトヨの狙いは変わらず僕だ。鎌の黒い煌めきが、痛いくらいに僕の瞳に突き刺さる。
「タカトッ……!」
頼みの綱のクレインもヒドゥンの攻撃を回避するので手一杯だ。それに、動きづらい浴衣では満足な戦闘もできない。ここであの副会長のように、首を刈られてしまう未来が見えて、僕は酷く戦慄した。
「残念ですねぇ、本当に、人間の一生は儚いものです。あははははッ!」
しかし。再び横一閃に振られた鎌は、僕の首には届かなかった。素早く割って入った何かによって、その刃は止められる。
「――単独行動が過ぎるな、クレイン」
一陣の風と共に僕の目の前に降り立った深紅の影。刀を構えた、僕たちの仲間がそこに居た。
「ホノカ!」
僕か、クレインか。ほとんど同時に叫んだのかもしれない。
「……新手ですか。弱い獣ほど良く群れるとはこういうことですねぇ」
激しい鍔迫り合いから、再び距離を取ったヒトヨ。その瞳も、口元も笑っていない。
クレインもヒドゥン相手に善戦はしているとは言い難い。一旦、体勢を立て直す意味でクレインとホノカは互いに背中合わせに武器を構えた。ホノカの浴衣は裾が短く纏められており、深く腰を落としても戦闘に支障はないようだ。
「あなたの助けなんて要らないわ。私ひとりでも、こいつらくらい――」
「強がりはこの戦況を打開してから言うんだな。お前ひとりでは絶対に無理とは言わないが、厳しい状況に変わりはない」
「ふん……そこまで言うなら、あなたがヒドゥンを倒しなさい。私は、あの女に訊くことがあるの」
「そうか。ならば好きにしろ。こちらはこちらで片づける!」
今度は、互いに別の相手へと突進して向かう。ホノカが刃を振るったのはヒドゥンの足、それを飛び退いて回避するヒドゥン。普段のヒドゥンとは違い、一筋縄ではいかない様子だ。
ヒトヨの方も、クレインが槍をひたすらに繰り出すが、有効打は与えられていない。僕はクレインの戦闘を注視する。その会話が、気になったからだ。
「そんな攻撃じゃ私は倒せませんよぉ? ルーシャと違って随分と大振りなんですねぇ」
「お姉ちゃんについて知っていること、全て話してもらうわよ!」
「ルーシャについてぇ? それはもう、知っているというか知りすぎているというか。彼女、私たちの同期ですからねぇ。それは知らない方がおかしいという物じゃないですかぁ?まあ、もうこの世にいない存在をとやかく言ってもしょうがないですけどねぇ?」
流れるような動きでアマトの攻撃を回避し続けたヒトヨが、遂に攻勢に出る。振りかぶって殴打を加えようとしたクレインに対し、その攻撃を柄で受け流し後方に回避したかと見せかける。そして、その場でくるりと一回転したかと思うと、遠心力による勢いでクレインを引き裂かんとばかりに刃が迫る。
「う、ッ――!?」
クレインは咄嗟の判断で回避をしようとするが、鎌の切っ先が彼女の左肩の辺りを掠めてしまう。白い浴衣に微かに血が滲んだ。
「なかなか、反射神経はいいみたいですねぇ。腕を斬り取ったつもりだったんですけど……まあ、さすがはヒドゥンちゃん狩りに精を出しているだけはあるということですかぁ」
傷は浅い様子だが、左腕のアマトを操るのに支障が出るのは確かだ。こちらはまだ、ヒトヨに有効打を与えられていない。ジリ貧になるのは時間の問題だった。
「クレイン!」
「大丈夫、よ。あいつからお姉ちゃんのことを聞くまで、私は諦めたりしないッ!」
「威勢がいいのだけは認めますけどぉ、それだけじゃダメってことにそろそろ気づきましょうねぇ?」
手にした鎌を弄ぶようにくるくると回転させるヒトヨ。クレインとその後方の僕を、絡みつくような視線で捉える。
「私のコプリンちゃんはぁ、首を斬り落とすのが大好きなんです。ほら、さっき殺した人間の血ぃ、とても美味しかったみたいですよぉ。それに加えてぇ――」
ヒトヨの言う通りどこか脈打つように胎動する大鎌、コプリンを向けた先は、この場で唯一の人間である僕だ。
「そこの人間クン、ヒドゥンちゃんに狙われやすい体質って噂の男の子ですよねぇ。ササコから聞きましたよぉ、同じ学校に通っているって。そんなの、もう首を落とすしかないじゃないですかぁ!」
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