第五章 - Ⅶ
「反応はこの辺りからね」
辺りは山林の中腹、特に目立った物は見当たらない。陽が沈むか沈まないかの時間帯で、薄っすらと暗くなり始めている。
「タカト、隠れなさい」
そこで、クレインの指が僕の後頭部に触れたかと思うと、がさっと近くの茂みに半ば強制的に身を隠された。
「……ッ、クレイン?」
「誰かいるわ。ほら、あそこ。さっきのうるさい男」
茂みの中から目を凝らすと、確かに、あの黄色いTシャツを身に纏った副会長がいた。なぜこんなところに佇んでいるのか分からない。しかし、副会長と対峙している別の人物の姿を、僕の瞳は確かに捉えた。
ふたりの会話が、ここまで聞こえてくる。
「会長をどこに連れて行ったんだ! いくら会長の知り合いでも、もし彼女に危害を加えるようなことをしたら……」
「うふふっ、怖いお顔ですねぇ。大丈夫ですよぉ、ササコには何もしてませんから。それより――」
ねっとりと絡みつくような声だ。副会長が対峙しているのは、アッシュグレーの髪をセミロングに揃えた女性。フリルのあしらわれた黒いワンピースに、色のない瞳が印象的だった。
その口元は、何かを期待するように吊り上がっている。
「私が興味を持っているのはぁ、あなたなんですよぉ。ふふ、ねえ、私と楽しいこと、しませんかぁ? ここなら、幸い誰も来ないでしょうし」
「な、何を!」
彼女は何を思ったか、副会長を誘うように、ワンピースの裾をするするとたくし上げた。徐々に露になる素足。そんな姿に、身動きの取れない副会長。ふたりとも、僕とクレインの存在など気付いていないように、事を進めようとしている。
「あの女――」
傍らのクレインが、何かを言いかけた、その瞬間のことだった。
「ふふふふっ、お返事がないのは肯定ということで」
女性が太股に装着された何かを解くと同時に、それが眩い光を放った。思わず目を瞑る副会長。間違いない。あれは、ヴァリアヴル・ウェポンの光だ。となると、あの女性は執行兵なのか。光の中から現れたのは、女性の手にはあまりにも大きな、鎌のような武器。柄から刃の部分まで、全てが漆黒に染まっている。
「な、何だ……うわぁぁぁッ!!」
絶叫しながら二、三歩と後ずさる副会長。彼を追い詰めるように、女性は笑いながら大鎌を構えた。
「楽しいこと、しましょうねぇ?」
僕は自らの瞳に映った光景を、信じることができなかった。
――大鎌が、横一閃に、副会長の首を刈り取ったのだ。
「ッ……!?」
副会長の命が、いとも簡単にこと切れたのは言うまでもない。ごろん、とその場に転がる首と、吹き出す深紅の血飛沫。副会長だったモノはその場で数回足踏みをすると、やがて静止して倒れ、地面の上でビクンと何度か痙攣した。
副会長の血飛沫を浴びても尚、その顔に張り付いた笑みを絶やさない少女。
「あっ、はははははッ! さすがは私のコプリンちゃん! 本当にぃ、気持ちいいくらいにすっぱり斬れちゃいましたねぇ。さぁて、鮮度が命ですよぉ」
何を思ったか、彼女は地面に転がった首の髪を引っ張って拾い上げた。切断面からは、今も血液が滴るように零れている。その蒼白になった生首を見て、うっとりと微笑む女性。反対に、僕は吐気すら覚える。
「ヒドゥンちゃん、ご飯の時間ですよぉ。生きていなくて残念ですがぁ、これなら抵抗されることもないですよねぇ」
耳を疑う。彼女はヴァリアヴル・ウェポンを取り出したのに、ヒドゥンに加担するような言葉を紡いだ。
女性が呼んだのとほとんど同時に、暗い森の奥から、四足歩行の黒い獣が姿を現した。ヒドゥン、グルタ型。奴は女性から放り投げられた副会長の頭部をばりばりと咀嚼すると、続けて地に伏した彼の胴体を貪り始めた。
当然、女性はヒドゥンに対して得物を振るうことはなく、あまつさえその頭に手を這わせ、愛おしそうに撫でている。
そこで、ヒメノから聞いた単語が、フラッシュバックした。
――ディカリア。
ヒドゥンに加担し、彼らと共に戦う執行兵。クレインの姉の仇である可能性も高い集団。
傍らのクレインは、心なしか震えているようにも見えた。ヒドゥンが肉に夢中になっているのをいいことに、茂みから立ち上がるクレイン。大鎌を携えた女性は背中から、クレインの気配を感じたようだ。
「あら? あらあらあらぁ? もしかして、アナタは……」
いとも不思議そうな顔で、鎌を携えたまま女性とクレインは対峙した。
「一部始終、見させてもらったわ。あなた、ディカリアの構成員ね」
「う、ふふふふっ。その名を知っているということはぁ、やっぱり後輩ちゃんなんですねぇ! それもその顔、本当にルーシャにそっくりですぅ」
姉の名を出され、クレインは拳を固く握りしめた。
「まさか、あなたがお姉ちゃんを?」
「あぁ、私じゃありませんよぉ。そうだ、自己紹介が遅れましたねぇ。私はヒトヨ、この世界では
「クレイン、よ。お姉ちゃんを殺したのがあなたでないとしても、あなたが情報を持っているのは間違いないようね」
「だとしたらどうするんですかぁ? まさか、私を倒して訊き出すとでもいうんですかぁ? ヒドゥンちゃんもいるこの状況でぇ、そこの人間クンを守りながら戦うのは愚行じゃないですかぁ?」
僕の存在もすっかりバレている。観念するように僕も茂みから姿を現すと、初めてヒトヨと目が合った。彼女の視線は僕を舐め回すようなもので、どことなく居心地の悪さを感じる。
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