第五章 - Ⅳ

 ホームルームを終え、いよいよ夏休みに突入するという段階になっても、僕の心は晴れなかった。先ほどの哀原先輩のことがまだ尾を引いている。クレインもホノカも見たといった、ヴァリアヴル・ウェポンに似た耳飾り。果たしてあれは幻だったのだろうか。

「タカト、帰るぞ。今日は「あるばいと」というのもないのだろう?」

 声を掛けてきたのはホノカだった。ミオリはシフトが入っていたはずだが、僕は休み。頷きを返しながら、僕も鞄を持つ。

「うん。途中まで一緒に帰ろうか」

「それもそうだが、クレインとヒメノを交えて作戦会議をしないか? ミオリには後で報告すればいいだろう」

 作戦会議。哀原先輩の話題も出るだろうと踏んだ僕は、こくりと頷く。哀原先輩を学園の中で一番長く見てきたのは僕だ。何か有用な意見を言えるかもしれない。

「決まりだな。ミオリから合鍵を貰ってあるから、家で話そう」

 ミオリ邸はすっかり僕たちの集合場所と化している。手短な拠点があるのは助かるし、何より彼女たち執行兵が付いていればヒドゥンに襲撃される心配も低い。

 ということで、クレインとホノカ、そして途中で一緒になったヒメノを交えて、ミオリの家へと向かった。


 学校帰り、さっそくミオリ邸に集まり、リビングで作戦会議を始めた僕たち四人。と言っても、ホノカとヒメノはこの家に住んでいるのだから招かれたのは僕とクレインだけだ。ホノカが事の詳細を話すと、ヒメノは緑茶をすすりながら答えた。

「生徒会長の左耳に、耳飾り型のヴァリアヴル・ウェポンですか。残念ながら、私は見ていないですね。ミオリが見たかどうかは聞いていませんが」

「なるほど。ということは、私とクレインとタカトしか見ていないということか。そして、実際は生徒会長の耳には存在しなかった」

「いいタイミングで予鈴が鳴ったわね。あれも図っていたのかしら。第一、私たちと話をするだけならば他の人間を下がらせる必要はないし。加えて私たちのことを知っていた様子から察すると、私たちと同じ執行兵である可能性もあるわ」

 クレインの言う通り、哀原先輩の行動には不可解な点が多い。本当に執行兵なのか、確認する術を持ち合わせていないのが現状だが。いっそのことヒドゥンでも現れてくれれば、全てが解決するのにと考えてしまった自分が情けない。

 クレインは更に続けた。

「それに、直接会ったことはないけど、お姉ちゃんから話を聞いたことがある気がするの。本当に小さいときの記憶だから定かではないけど、よく一緒に遊んでいる幼馴染がいるって。もしかしたら、それがあの生徒会長なのかもしれないわ」

「ルーシャさんが、か。可能性は高そうだが、ルーシャさんの世代の執行兵は他にもいるだろう、決めつけるのは早計だ」

「それはそうだけど……」

 終わりの見えない議論。ひとつだけ息をついたヒメノは、具体的な案を提示した。

「ともあれ、この状況では様子を見るしかなさそうですね。でしたら、夏祭りに行ってみるというのはいかがでしょう。生徒会も参加するらしいですし、そこで生徒会長を見張るのが得策かと」

 ヒメノの口から飛び出したのは、まさしく僕らが昼食時に話していた夏祭りという単語。今日から夏休みに入ってしまう都合上、哀原先輩に真意を訊く機会はほとんどなくなってしまう。ヒメノの言うことはもっともだ。

「夏祭りか、実は私たちも同じことを話していたんだ。ミオリとヒメノも誘って、行ってみようとな。生徒会長を見張る目的もあれば一石二鳥だ」

「そうね。私も賛成。タカトは?」

「うん。僕も哀原先輩と話をしたいと思ってたから、賛成だよ」

 先輩が執行兵であれば、クレインの姉の仇の情報を得ることができるかもしれない。その前に、哀原先輩が犯人だという可能性も否定できないのだ。白黒ははっきりつけた方がいい。

「決まりだな。後はミオリを――」

 ホノカの言葉は、突如響いた元気な声によって途切れた。


「たっだいまー! みんないらっしゃいっ!」


 やたらと大きな袋を携えたミオリが、トレードマークのポニーテイルを揺らしながらリビングへやってきた。

「あれ、ミオリ? バイトはどうしたの?」

「んー、なんか店長が「今日はお客さんの入りが良くないから帰っていいよ」って突然言ったの。だからもう店仕舞い、こんなこと今までなかったのにね。それより!」

 たまにはそんな日もあるかと自分なりに納得しようとしていると、ミオリが携えていた紙袋から、何かを取り出した。

「じゃーん! 夏祭り用の浴衣だよ! えっと、これが私で、これがクーちゃん。こっちがヒメちゃん、それからホノちゃんのもあるよ!」

 丁寧に畳まれ色とりどりの生地。ミオリ以外の執行兵たちは瞳をぱちくりとさせている。

「ゆかた? この前の温泉に行ったときの物と似ているわね。でも、どうしてミオリがこれを……?」

「んーっとね、さっきの話の続きなんだけど、店長の奥さんがちょうどお店にいて、くれたの。夏祭りの話になったら「いい物があるよ」って。それもちょうど四人分!」

「ちょうど今、作戦会議で夏祭りに行こうと話していたところだったんです。これがあれば雰囲気も出ますし、いい感じに楽しめそうです」

「そうなんだ! じゃあ尚更楽しみだね。ほらほらホノちゃんも!」

 思えばホノカの浴衣を見るのはこれが初めてだ。当の本人は受け取った浴衣をまじまじと見つめながら小さく言う。

「浴衣、か。随分と薄い生地の服なんだな」

「人間は夏になるとこういう格好をするらしいですよ。まあ、これも我々の擬態のひとつです。夏祭りに参加すること自体を含めて、任務を遂行しましょう」

 ヒメノの言葉で、その日の作戦会議は終了した。

 数日後に控えた夏祭り、哀原先輩の監視も勿論だが、何よりも彼女たちとのイベントを楽しみたいと考えている自分が確かにいた。


 そして、その日はあっという間にやってきた。

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