第五章 - Ⅲ
各々昼食を食べ始める。ミオリやヒメノが来てくれれば雰囲気も変わるだろうが、この状況ではどうすることもできない。試しに、何か話を振ってみることにする。
「ねえ、ふたりとも。今度の夏祭り、どうする? ほら、さっき哀原先輩……生徒会長が話してた」
「お祭り、ね。私たちの世界でもないことはなかったけど、人間の世界のものも気になるわ」
「珍しく意見が合うな、クレイン。私も同感だ。開催はこの街なのだろう? ならば、一度行ってみる価値はありそうだな」
クレインとホノカが行くことになれば、恐らくミオリとヒメノも顔を出すはず。彼女たちとの夏休みを楽しむ上では、いい導入になりそうなイベントだ。
「じゃあ、せっかくだしみんなで行こうか? 一応うちの生徒会も参加するみたいだし。何をするかは分からないけど」
何の気もなく言ってみた言葉に、ホノカが口を開いた。
「そういえば、生徒会長といったか。今日壇上で話していたあの生徒……妙な違和感を覚えた。私だけだろうか」
違和感、と聞いて、僕も思わずピンときた。ホノカは、耳の奥に見えた何かのことを言っている可能性もある。
「その違和感、いったい何に起因するものなのかしらね。何か理由があるの?」
「ああ。あくまでも推測だが、私はあの生徒会長を――」
ホノカは食べていたサンドイッチから口を離し、放った。
「――執行兵、それも私たちの一期上の、初代の執行兵だと睨んでいる」
初代の執行兵、というホノカの言葉に、クレインが過敏に反応した。
「初代の執行兵ということは、お姉ちゃんの同期ということね。確証はあるのかしら」
「あくまでも推測だと前置きしたはずだ。しかし、根拠はもちろんある。あの生徒会長の髪の奥、恐らくヴァリアヴル・ウェポンを隠している。耳飾り型のものだ」
「それは私も同感。あのとき、確かに何か光るものが見えたわ」
クレインと同じく、僕もその存在は目にしていた。きらりと光るもの、あれがヴァリアヴル・ウェポンの可能性は十分にある。
ホノカは続ける。
「もし本当に初代執行兵ならば、人間界へ派遣されているはずだ。彼女が何かの事情を知っている可能性は十分にある」
「なるほどね。そういうことなら話は早いわ。あの生徒会長に、直接話を聞きに行くしかないわね」
思い立ったが吉日。クレインは食べ終えた弁当の蓋を閉じると、その場に立ち上がる。もう少しゆっくり食べたかったところだが、こうなるとクレインは何を言っても自分の意志を曲げなさそうだ。僕は残り僅かの弁当を掻き込んだ。同じくサンドイッチを食べ終えたホノカと共にクレインに続く。
哀原先輩が所属するクラスへ足を運んでみたが、どうやら彼女は生徒会室で昼食を摂っているらしい。となれば、そこへ行く以外の選択肢はなさそうだった。
「生徒会長はいるかしら?」
クレインの言葉と共に開け放たれた扉。その後、クレイン、ホノカ、僕の順で生徒会室へと入る。普段ならば上級生には敬語を使うクレインも、この時ばかりは殺気立っているようだった。ホノカの時と一緒で、クレインの姉の仇がいるのかもしれないのだから当然だ。
昼休憩の間のリラックスした時間に訪れた僕たちの姿に、そこにいた生徒会役員の皆さんは大いに驚いている様子だった。
その中で、会長……哀原先輩は、少しだけ開いた瞳で僕たちを見据えるのみ。その落ち着きが妙に僕の中の何かを掻き立てる。
「な、何なんだ君たちは。昼休み中だ、用があるならまた改めて――」
僕たちの目の前に躍り出てきたのは恐らく、生徒会副会長の男子生徒。名前も顔も朧げな記憶なので、正直彼の印象は少ない。
「私たちはそこの生徒会長に用があるの。部外者は黙っていてくれないかしら」
「な、上級生に向かってそんな口の利き方を……!」
制服のリボンの色で、下級生と判断したのだろう。クレインからの言葉を受け、わなわなと身体を震わせる副会長。が、そんな彼をフォローすることもなく、哀原先輩が口を開いた。
「まあまあ、むしろ授業中にでも来られたらそれこそ困りますし。どうやら複雑な事情がおありの様子なので、皆さんは席を外していただけますか?」
これには僕たちも拍子抜けだった。残りの生徒会役員は怪訝そうな顔をしながらも、すでに昼食を食べ終えていたのか渋々と生徒会室を後にする。最後に例の副会長が半ば睨むようにクレインを見据えつつ出ると、室内には哀原先輩と僕たちの四人だけとなった。
まさか、本当にホノカの見立てが当たっていたのか。そんな都合のいい話が果たして存在するのか、疑問は尽きない。先輩も先輩で、微笑みを浮かべながら、椅子に座ったまま僕たちを見上げる形になる。
「それで、何の御用ですか?」
「名乗るのが先だったな。私は――」
「知っています。今日付けで転校してきた焔火ホノカさん。そちらの方が鶴見クレインさん。そして、竹谷タカトくんですね」
「なっ……もう私たちの情報は掴んでいるということだな」
情報、と聞いて哀原先輩はきょとんと首を捻るような仕草を見せたが、そんなことはお構いなしというようにホノカは続ける。
「ともかく、単刀直入に言おう。生徒会長、あなたは人間ではないな?」
いくらこちらのことを知っているとはいえ、ほとんど初対面の相手に人間ではない認定をされるほど理不尽なことはないだろうと思った。
「私が、人間ではない?」
「そうだ。私たちと同じ……ヒドゥンを狩る者、執行兵。そうだろう?」
もし本当に哀原先輩が執行兵なら、僕がこうしてクレインやホノカと接点を持っている段階で、生かしておく理由はないはず。ここでヴァリアヴル・ウェポンを携えて僕を殺しに来る可能性も考えられた。しかし。
「ヒドゥン? 執行兵? 何の話ですか?」
相変わらずの声で、僕たちの事情など眼中にないような雰囲気の哀原先輩。これにはクレインもホノカもぽかんと口を開けるしかなかった。
「な、ッ……まさか、本当に知らないというの?」
「そんなわけはないだろう。では、再度問おう。左耳の飾りは、一体何なのだ?」
ホノカが、最終兵器ともいえる質問を繰り出す。これがもしヴァリアヴル・ウェポンではなかったとしたら。全く無関係の人間を巻き込んだだけの話になってしまう。
「左耳……ええと」
哀原先輩が自らの髪を掻き分けた。あのとき見た、ヴァリアヴル・ウェポンがそこにある。僕も、恐らくクレインとホノカも、そう思っていた。しかし。
「飾りなんて、付けていませんけど?」
思わず目を見開いた。そこにあるべきものがない。耳たぶに穴も開いていないことから、初めからそこに何もなかったかのように見える。これにはさすがのホノカも何も言えない。
「なんだと……!」
「待って。耳から外して、何処かに隠している可能性も否定できないわ。ここで調べさせなさい」
クレインが目の前に躍り出るが、先輩は困ったように眉を下げるだけ。
「まだ何かあるのですか? 私も暇ではないのですが」
「何かあるから言っているのよ。さあ、早く――」
そこで。昼休みの終了を告げる予鈴がタイミングよく響いた。
哀原先輩はスッとその場から離れると、小さな手提げを持ちつつ僕たちに手を振る。
「よく分かりませんでしたが、これだけは言っておきます。夏休み前の最後のホームルーム、遅れない方がいいと思いますよ」
生徒会室の扉が閉められる。残った僕たちは、叩きつけられた現実を飲み込むしかなかった。
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