第四章 - Ⅻ
クレインとホノカが和解をした。が、何よりもクレインがこうして帰ってきてくれたことにどこか安心感を抱いている自分がいて。ミオリの家に泊まるというホノカたちと別れた帰り道、安堵で胸がいっぱいだった僕は、クレインに声を掛けることができなかった。
彼女も何か言いたそうにこちらに視線を配らせる場面もあったが、言葉には出さない。
当たり前のように自宅に着いて、少し遅い帰宅に小言を言われながらもクレインが帰ってきたことを母は喜んだ。夕食も済ませていたので、後は入浴をして就寝するだけだ。
「……ん、ふわ……」
クレインより先に入浴を終えた僕は、今日一日の疲れが先行し、勉強机の椅子に座りながらウトウトと船を漕いでいた。そんなとき。
「お風呂、上がったわよ」
不意にかけられた言葉。視線を投げると、クレインがそこに立っていた。風呂上がりの上気した肌を見ると、意識せずとも心臓が跳ねてしまう。
「ん、僕はちょっと宿題やってから寝るから、先に休んでていいよ」
深く澄み渡る青い瞳から目を逸らすように、僕はわざとらしく机の上に教科書を広げる。
「私がいない間、授業も進んだのかしら」
歩み寄ったクレインは、そのままベッドの淵へと腰掛けた。純白のパジャマは、ホノカが着ていたもの。洗濯はしたので大丈夫だと思うが、ホノカが一日ここに泊まったことがクレインに知られたらどういう反応をするだろう。
「そう、だね。まあ一日だけだったし」
クレインの存在が気になって、勉強など手に付かない。ただ、クレインとの会話を続けるのも、なんとなく気まずかった。
「私がいない間、ホノカと合流していたのね」
「えっ?」
思わず振り向く。クレインの表情は読めないが、つい先ほどの和解を見れば、ホノカに関してはもう疑っていないはずだ。
「私の言葉に律義に従うのは、悪い気はしないけど。それにしても、あのときのタカトは必死だったわね」
――ホノカとでも誰とでも組めばいいわ。
クレインの言葉を思い出す。実際にホノカと組んでクレインと対峙していたわけなので、もしも説得が上手くいかなかった場合はと考えると悪寒が走る。
「ごめん。でも――」
「ホノカが犯人じゃない、って伝えたかったんでしょう? いつもはあまり感情を出さないし、口数だって多くないあなたが意外だなって思ったの。同時に、ちょっとだけ……ううん、何でもないわ」
何かを言おうとして、首を振るクレイン。ひとつ、短く息をつくと、僕の腕をグッと引っ張った。
「え、クレイン?」
「宿題なんて明日やればいいじゃない。今日はもう休みましょう?」
困惑する僕を他所に、クレインからベッドへと入る。いつものように背中合わせで、クレインの体温を感じながら部屋の電気を消した。
今日一日、色々なことがありすぎた。クレインと出会ってからは毎日が刺激的だったが、今日は特にだ。眠気は当然のように押し寄せてくるが、それを上回る思考の逆流が、睡魔を妨げる。何よりも、こうしてクレインと眠るのは一日振りだ。決して久々というわけではないものの、緊張が走る。
クレインからは、規則正しい吐息が聞こえる。もう眠ってしまっただろうか。だとすると、僕がこうして起きていても仕方がない。無理にでも休もうと瞳を閉じようとした、その瞬間だった。
「タカト?」
クレインが、僕の名を呼んで寝返りを打った気がした。思わず息が詰まる。ベッドに入った状態で顔を合わせるのはさすがに気まずいと、僕は彼女に背を向けたまま口を開く。
「クレイン……?」
「ねえ、こっち向いて」
彼女の声が妙に艶やかで、心臓の鼓動がどんどん早くなる。
「さ、刺し殺したりしないよね?」
「そんなことするわけないじゃない。あなたにはまだ生きていて貰わないと、お姉ちゃ……いいえ、姉の仇を討てないわ」
嘘を言っている雰囲気ではない。ただ、彼女の真意が読めないだけ。とはいえ無視をするわけにもいかず、僕は彼女の言葉に従う。向きを変えてクレインと顔を合わせる。部屋の電気は消えているので顔はよく覗えないが、彼女の整った顔立ちに息を呑んだ。
「クレイン、どうしたの?」
「別に、特に理由があるわけじゃないわ。お互いに眠れないなら、話をしていた方がいいと思ったからよ」
クレインも僕と同じように、眠れない夜を過ごしているようだ。
「あ、バレてたんだ」
「呼吸を聞けば分かるわ。それよりタカト、ひとつ訊いていいかしら」
「うん、いいけど……」
訊きたいこととは一体何なのだろう。言葉を待つ僕に、クレインは肌が粟立つほどの冷たい瞳を向けた。
「昨日、ホノカをここに泊めたでしょう?」
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