第四章 - Ⅺ

 ディカリア。ヒメノが頻りに口にする言葉が、ホノカからも飛び出すとは思わなかった。

 こちらの世界に来てから初めてディカリアのことを知ったクレインは、当然のようにホノカに対して疑問符を浮かべる。

「……いいえ。ディカリアの存在自体、私は知らなかった。興味もなかったし。でも、確証はあるのかしら?」

「分からない。ただ、同じ初代執行兵だったルーシャさんが、ディカリアの構成員と何らかのトラブルになったと仮定はできる。その際に――」

 ホノカの声は、何者かに掻き消された。


 何者かの甲高い雄叫びが響き渡ると同時に、僕のポケットの中のスマートフォンが震える。ミオリからの着信だった。

「もしもし、ミオリ?」

『タカトごめん! そっちに、グルタ型が逃げちゃった……!』

 声のした方角を向くと、武器を生成した状態でぶんぶんと手を振りながらミオリがこちらへ向かってくる姿が見えた。しかしそんな彼女よりも素早く、より狩りやすそうな獲物を視認したヒドゥン、グルタ型がミオリから受けた傷も厭わずにホノカへ向けての突進を敢行する。

「ホノカ!」

 思わず声を上げていた。武器を生成したままのホノカならば大丈夫。しかし、思った以上にグルタ型の動きが早いことに加え、後ろを向いていたホノカは満足に戦闘態勢を取ることができない。

「く……ッ!?」

 グルタ型の爪がホノカの胴体を引き裂かんとばかりに迫った、その刹那。


「――反応が遅いわね、ホノカ。これで貸し一個、よ!」


 ホノカとヒドゥンの間を分け入るように飛び込んだ白銀の影。ダメージを受けた後だとは思えない程の反応速度で、グルタ型の爪をアマトで受け止め、勢いを殺す。流石に押し返すことはできない様子だが、ホノカへの直撃を避けることはできた。

 それより。ホノカはあのクレインが自分を庇ったことに、驚きを隠せないでいるらしい。

「クレイン、お前――!」

「話は後よ。死に損ないのヒドゥンには、さっさとトドメを刺しなさい!」

 よく見ると、クレインは二本のアマトを器用に使い、ヒドゥンの爪を挟んで動きを封じるように受け止めている。しかし長くは保たないはず。ホノカはクレインの言葉に頷いた。

「ああ、任せろ――はぁぁッ!!」

 ホノカの深紅の瞳が、暗闇の中で踊るように。ゆらりと距離を詰めたホノカは、そのままの勢いを擁したまま、剥き出しになったヒドゥンの頭を狙う。グルタ型の頭には、ヒドゥンのあの特徴的な赤い光が灯っていた。

 愛刀、サトラによって放たれた銀の一閃。寸分の狂いもなく、ヒドゥンの頭蓋骨を両断した。

 ――さらさらと舞う光の粒。ホノカが断ち切ったヒドゥンは、いつものように消えていく。

「ホノちゃん、ありが――あ、クーちゃん!」

「申し訳ございません、ホノカ。クレインも……」

 そこで、ミオリとヒメノも合流した。クレインの存在にも気づき、思い思いに声を掛ける。受け止めていたヒドゥンが消え、一瞬だけ力が抜けたがアマトを杖に立つクレイン。その瞳は、ミオリでも、ヒメノでも、僕でもない、ホノカに向けられている。

「ホノカ」

 武器を扱えば、十分にホノカを貫ける距離だった。それでも、クレインは動こうとしない。その場にいる全員が、クレインの行動を注視している。ホノカは何も言わずに、ただクレインの瞳をジッと見つめ、彼女の言葉を待つ。

 そして。


「最初から、あなたを疑いたくなんてなかったわ。でも、そうじゃなければ、お姉ちゃんが浮かばれない。お姉ちゃんを失った私は、何を目的に生きていけばいいか分からなかった。だから、責任をホノカに押し付けた。押し付けて、人間の世界であなたを殺すことを目標に、自分の中で生きる意味を保っていた。それだけの話よ」


「お前、そんなことを……」

「馬鹿みたい、って思う? そうよね、無理もない。私の中では完結している問題でも、こうして色々な人を巻き込んでいるんだものね」

 儚げな瞳が、印象的で。クレインは自嘲気味に笑う。

「私ね、ひとりでいるときに考えたわ。もうホノカを疑い続けるのが辛かった。あのときの、タカトの言葉と一緒よ。でも、でも……じゃあ、私は、何を目的に――」

「そんなこと、決まっているだろう。ルーシャさんを斬った張本人を斬るまでだ。執行兵ならば、こちらの世界に来ていてもおかしくはない。クレイン、お前の生きる意味はそれだ。我々と共に、ルーシャさんの仇を討とう」

「ホノカ……」

 ホノカの温かい言葉に触れたクレインは、僅かに、その瞳を潤ませる。

「そうだよクーちゃん、私たちもいるし、すぐに見つかるって!」

「私も、ディカリアの排除にも繋がるのであれば協力させていただきます」

「ミオリ、ヒメノ……」

 気づけば、僕も。自然と声を出していた。

「僕も、できる限りのことはするよ。食料としてヒドゥンを誘き寄せるしかできないかもしれないけど、それが、君の目的に直結するなら」

「タカト。ごめんなさい、迷惑をかけて。でも、あなたにはまだまだ働いてもらうわ。お姉ちゃんの仇を討つために。優秀な味方も仲間になったことだし、ね?」

 くすっと微笑みかけるクレイン。優秀な味方、と称されたホノカは、心からの安堵を示す。

「うん。ホノカも、これからよろしくね」

「ああ。紆余曲折あったが、これで名実共に仲間だ。では、改めて……」

 ホノカと、クレイン。各々の武器を納めた後、ふたりはそっと握手を交わした。

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