第四章 - Ⅹ

「くっ!」

「いい加減に、しろッ!」

 そこで、一際大きな声を投げたホノカが、サトラでアマトを斬り払うように鋭く薙いだ。咄嗟の出来事に、クレインの反応が少々遅れる。アマトはサトラの勢いに押され、弾かれ、クレインの前方ががら空きになる。

「しまっ……!!」

 その隙を見逃すホノカではない。が、彼女は頑なに刃を使わなかった。素早く距離を詰め、そのまま勢いを付けた蹴りを放つ。

「う、ぐッ!?」

 低く呻くようなクレインの声。ホノカの蹴りはクレインの下腹部を捉え、彼女の身体がくの字に曲がる。悶絶するクレイン。

 ――あのクレインが、押されている。

 普段あれほど強いクレインが、復讐心を露にしているのに。対するホノカは、一歩も譲らないばかりか防御の間の不意の攻撃だけで、優位にすら立っている。いくらクレインが冷静さを欠いているとはいえ、執行兵の試験を首席で卒業した彼女とここまでの戦闘を繰り広げるとは。思わず唾を飲み込んでしまう。

「は、ッ……もう無駄な戦いはやめないか、クレイン。こんなことをしても意味がない」

「意味がない、ですって? 肉親の仇が目の前に居るのに、どうして諦めなくちゃいけないのよ!」

「だから、仇ではないと言っているだろう!」

「ッ! なんでもいいわ……私はあなたさえ殺せれば、う、くうッ……」

 先ほどのダメージが響いているのか、立膝で蹲る姿勢から一向に動けない様子のクレイン。

「お前にだけは刃を向けたくない。頼む、私を信じてくれ」

「信じられるわけない、わ」

 クレインがアマトを握り直す。しかし、その手は震えていた。もう力も残っていないのか、悔しそうに奥歯を噛み締める。

「お前、どうしてそこまで――」

 ホノカは気づいていないが、僕には何処となく分かっていた。

 クレインは、責任の所在が欲しいのだ。彼女も、ホノカが犯人だとは完全には思っていない。それでも、どこにその怒りをぶつければいいか分からない。だから、ホノカにここまで執着する。

 ふたりの壮絶な戦いの最中、僕が発することのできた言葉はない。その戦いが、終焉を迎えようとしている。

「あなたには関係ないわ……っく、刃を使われずに、ここまで追い込まれたのは屈辱ね。いいわ、もう身体が言うことを聞かないし……潔く斬られてあげる。殺せばいいじゃない、私を」

「殺せばいい」とクレインが放つと、途端に、見たこともないような形相でクレインに詰め寄った。

「殺せば、だと?」

「そうよ。そうすれば、あなたは私に命を狙われることもなく、こっちの世界で――」

 クレインの言葉は、途中で途切れる。より大きな言葉に、意志に、掻き消されるように。


「――馬鹿か、お前は。親友を、殺せるわけがないだろう!」


 僕にも、クレインにも、ホノカの言葉は真正面から響いた。確かな感情を秘めた叫び声。

 ――人間で言えば、親友という関係だったかもしれないわ――

 クレインが僕に教えてくれた、ホノカとの関係。それはホノカも、同じように感じていたということ。

「は、っ。この期に及んで親友面? そんな理由で、躊躇うの?」

「そんな理由、では駄目なのか? 親友を殺したいなどと思うほど、私は愚かではない」

 動かない身体でホノカを睨むように視線を向けるクレイン。が、ホノカの対応はあくまでも冷静で、先程の戦いを彷彿とさせるようだった。

「私はあなたを、ずっと殺そうとしていたわ。ここで私を生かしておいたら、またあなたの命を狙うかも知れない。不安分子は排除、教官に習ったわよね?」

「そんなもの、理由にならない。お前のことを不安分子だと思ったことは一度たりともない。それだけだ」

「格好をつけて……」

 ミオリ邸での会話を思い出す。クレインに対して、ホノカは自分の思いをぶつけるしかない。それが例え信じられなかったとしても、それ以外の選択肢はない。

 ふたりの間に、長い沈黙が訪れる。僕が口を開くならば今だ、と意を決した。

「――クレイン。僕の言うことなんか聞いてもらえないかもしれないけど、いいかな?」

「……」

 彼女はその場で僕に一瞥を投げると、どこか複雑な表情を浮かべ瞳を伏せた。

「ホノカから聞いたんだ。君のお姉さんや、君との関係を。ホノカには、自分の恩師や親友を斬ることなんてできないよ」

「タカトまで、ホノカのことを信じろっていうのね。そういえば昨日も、やたらとホノカを擁護してたけど……何も知らないくせに、大したものだわ」

「逆に、何も知らないからともいえるかもね。少なくとも、僕がこの一日接してきて思ったことは確かだ。それだけは、伝えておくよ。それに、さ」

 クレインの立場を、自分の立場に置き換えて考えたとき。親友を疑いたくない、しかし肉親を斬った存在を知らないまま生きるのはとても辛い。だから、苦渋の選択で、親友を疑った。ホノカの話をしたクレインの表情が曇ったのはそのためだ。

「本当は、ホノカを疑いたくなんかないんだよね? 君がホノカのことを話すとき、とても苦しそうだったよ。ホノカを疑い続けるのは、君にとっても辛いはずだ」

「ッ……分かっているわ、そんなこと。でも、でも……じゃあ、一体誰が、お姉ちゃんを殺したのよ! その見当もつかずに、仇討ちを諦めるなんてできない!」

 ふらつきながらも、クレインはその場に立ち上がる。もう、アマトを杖にしないと立てないような状態だ。失血こそしていないが、ホノカによって与えられたダメージは決して少なくない。

 すると。口を結んでいたホノカが、そこで放つ。

「話を総合すると、ルーシャさんに近しい者が怪しい。となれば、答えは自ずと導き出せる」

「……?」

 もしかすると、クレインの姉と何か関係があるのだろうか。首を捻る僕。次にホノカが告げたのは、何かと何かの点をぴたりと結ぶ言葉だった。


「――ルーシャさんを除く、初代執行兵たち。ヒドゥンと協力をする執行兵、ディカリアと呼称されている面々だ。お前は何か聞いていないのか?」

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