第四章 - Ⅸ

「あのとき以来かしら、ホノカ」

「クレイン、事情はタカトからも、ミオリとヒメノからも聞いた。疑っているらしいな、私がルーシャさんを斬ったと」

 クレインの右眉がぴくりと動いた。仇と認識しているホノカに姉の名を出されたからか、無機質な表情は少しだけ色を帯びた。

「疑っている、というのは語弊があるけれど。確信している、と言って欲しかったわ」

「ルーシャさんを斬る理由が何処にある? 共に笑い、悲しみ、訓練をしたルーシャさんを――」

「御託は聞いていないわ。今は、目の前のあなたを串刺しにすることしか、考えていない」

 両腕に装備された腕輪。クレインの武器、アマトだ。クレインが腕を突き出すと、一筋の光が伸び、やがて一対の槍が生成される。その先端が、ホノカに向けられる。

 そして、冷たく言い放つ。

「覚悟しなさい、ホノカ。お姉ちゃんの仇を、討たせてもらうわ」

「待てクレイン、話を聞け!」

 ホノカが静止を促しても、復讐に囚われたクレインの意志を動かすことはできなかった。過去、どんなヒドゥンと対峙しようとも、決して見せることのなかったクレインの表情。ただ、純粋な憎しみだけが先行している様子ではない。ある種の迷いのようなものが、孕まれている気がした。

「はぁッ!」

 白い風となってホノカへの突進を敢行するクレイン。距離が詰まったところで、アマトの先端を寸分の狂いもなく、ホノカの胸を狙って突き出す。

 だが、その刺突は、ホノカのサトラにより阻まれた。武器を鞘に納めたままの状態で、ギリギリのところで先端を往なす。ふたりの武器から、夜の公園に似つかわしくない火花が飛び散った。

「く、ッ! やはり、話を聞き入れるつもりはないようだな……っ!」

 後方へ飛び退き距離を取ったホノカ。こうなることは想定済みだったか、彼女も臨戦態勢に入る。鞘から抜き放たれた刀は艶めかしいほどの銀色に輝いていた。

 切っ先が、向けられてはいけない存在に向く。

「よく分かってるじゃない。そう、そうよ。お姉ちゃんを殺したみたいに、私に刃を向けてきなさい」

 その言葉が耳に届いたところで、ホノカは刃を下げた。訝し気な表情を浮かべるクレインに対し、深紅の瞳と言葉を投げる。

「何を言っても通じないとは思うが、これだけは言っておく。ルーシャさんは、私にとっての恩師だ。そんな存在を、理由もなく斬れると思うか?」

「理由? ずっと昔から恨んでいたんでしょう? お姉ちゃんは、あなたに厳しい指導もした。心無い言葉も、掛けたかもしれない。だから、斬ったのでしょう?」

 アマトを持つクレインの手が、震えていた。ホノカを悪役にすることを、彼女は本当に望んでいるのだろうか。本当に、ホノカが斬ったという確信を得られているのだろうか。

「そういう点も含めて、ルーシャさんを師と仰ぎ尊敬していた。ルーシャさんがいなければ、私は執行兵にはなれなかった。これだけは断言する」

「何よ、今更……!!」

 再びふたりの距離が詰まる。先に仕掛けたのはクレインだ。勢いを殺されやすい刺突ではなく、アマトを横へ振り範囲の広い殴打をホノカへ見舞おうとする。

「ぐ……! これだけ言っても分からないの、かッ!」

 間一髪、殴打を飛び退いて回避したホノカは、銀色の刃を煌めかせて攻勢に出た。ホノカからも、容赦のない斬撃が飛ぶ。アマトを二本、十字に交差させ受け止めるクレイン。お互いの距離が、これ以上ないくらいに縮まる。

「分からない……分からないわ! あなたが認めるまで、私は攻撃をやめない。例え私自身が滅ぼうとも構わない。お姉ちゃんの仇を取るまで――!」

 至近距離の鍔迫り合いから一転、アマトの勢いを利用してサトラを押し切ったクレイン。そのままアマトをくるりと逆手に持ち替えて、尚もホノカの心臓を狙う。

 が、攻撃は無情にも、ホノカに届くことはなかった。

「な、ッ!?」

 闇夜に紛れるホノカ。アマトの力の籠った刺突は空振りに終わる。次の瞬間、クレインの真正面から姿を現したホノカは、姿勢を低くし刀の柄を使ってクレインの鳩尾を突き上げた。リーチの長いアマトは、懐に入られては為す術もない。

「か、はッ……!!」

 音が聞こえるほどの強烈な勢いで叩きつけられた固い柄。クレインは大きく瞳を見開き、アマトを携えたまま後方に吹き飛ぶ。そのまま地面に半身に倒れ伏した。

「ハァッ……この、分からず屋が。頑固なところも、思考より先に手が出るところも、変わっていないんだな」

「うぐ、うっ……るさい、わね! これが刃の方だったらって、っ……言いたいのかしら? そんな情けなんていらないッ!」

 よろよろと体勢を立て直すクレイン。瞳の輝きは、未だに死んでいない。それはホノカも同じだった。すぐに次の攻撃が来ると読んだらしいホノカは、距離を取りつつもサトラを下段に構え、応戦しようとしている。

「刃ならば、お前は死んでいたな。重い一撃は隙が大きい。基本中の基本だ、忘れたのか?」

「ッ、馬鹿にしてくれるわね!」

 家族の仇だと思い込んでいる存在が、目の前にいる。ヒドゥンと戦うことよりも、数段大きなプレッシャーを感じるはず。

 アマトの柄を握り直したクレイン。文字通りの重く、範囲の広い一撃を見舞おうと、踏み込みながらホノカへ詰め寄る。互いの武器が交差し、高く乾いた音が響き渡る。そこから、刺突と斬撃の応酬がふたりの間で激しく繰り広げられる。飛び散る火花と、耳の奥に残る金属音。クレインもホノカも、一歩も譲らない。

 単純にリーチという面で見れば、クレインの方が圧倒的に有利。しかし、ホノカの素早い動きと手数は、確実にクレインを翻弄していく。ただ、ホノカの太刀筋は、ヒドゥンを斬るときの物とは一線を画していた。あくまでもクレインの攻撃を躱すことを第一に、時折カウンターを仕掛けに行く程度だ。

 刺突や殴打を繰り返すごとに、クレインの疲労も蓄積していっているようだ。もはや心の中で燃える復讐心だけが、彼女を突き動かしているのかもしれない。

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