第四章 - Ⅷ

 ミオリとヒメノ特製のビーフシチューを食べた後、僕たちは作戦会議に移った。いつもならば彼女たちは日課のヒドゥン狩りをする。しかし今は事情が事情だ。ホノカのこともあるし、どうするのがよいのか首を捻る。

「ホノカ、もちろん一緒に行くよね」

「当然だ。昼間はずっと待ちっぱなしだったんだ、夜くらいは――」

 胸に手を当て訴えるような口調のホノカ。クレインに会えるかもしれないという期待が滲み出ているようだ。

「そうだよタカト。仮にクーちゃんに会えれば、そこで解決するかもしれないし」

「ですね。いつまでもクレインの影に怯えているわけにはいきません。決着をつけるならば早い方がいいかと」

「よし、決まりだな。全員で行くぞ」

 真っ先に立ち上がったのはホノカだ。続いてミオリとヒメノもその場で立ち、僕へ視線を向ける。ホノカに協力する覚悟はできているが、僕も、決別したクレインと会うのが少し躊躇われる節もあった。だが、このままズルズル先延ばしにすることもできない。意を決する。

「うん……ホノカ、できるだけ戦闘は――」

「大丈夫。君もいてくれるんだろう?」

 頼られるのは悪い気はしない。まあ、僕も僕でホノカにアドバイスをした身だ。たとえ戦闘になっても、クレインに呼び掛け続けるだけ。

「よーし、善は急げ! さっそく行こう!」

 ミオリの号令と共に一軒家を出る。外は、すでに夜の帳が降りきっていた。


「ヒドゥンの気配は、ありませんね」

「だねー。とりあえず、この前の公園まで行ってみようか? あそこならヒドゥンにも出くわせるかもしれないし」

 家を出てしばらく歩いたが、ヒドゥンの影はなかった。彼女たち執行兵は己のヴァリアヴル・ウェポンを常に武器として使用できるよう、携えている。

 ミオリの提案で向かったのは、以前蠍のような姿をしたマンニット型と戦った公園だ。奴らは人間を襲おうとしている割には人間の生活圏に入ってこない。人間を襲うとクレインは言ったが、本当に襲われた人間がいるのかどうかも分からない。もしかすると、ヒドゥンの目的は他にあるのかもしれない。

 例の公園にも、ヒドゥンらしい気配はないとのことだった。何もしないわけにもいかないので、公園の付近を探索してみることにする。ミオリとヒメノと別れ、僕はホノカと共に歩くことにした。

「ミオリやヒメノと一緒でなくてよかったのか?」

 僅かに首を傾げつつ問うホノカ。彼女に付いていく理由は、ちゃんとあった。

「クレインが現れるとしたら、ホノカのところかなって」

「そう、だな。それにしても妙な気配だ。ヒドゥンの姿はないのに、何処からか現れてもおかしくないような」

 人影も少ないため、ホノカは既に自身のヴァリアヴル・ウェポンであるサトラを生成し、鞘に納めた状態で携えている。不意に、そこで疑問が浮上した。

「ねえ、ホノカ。ヒドゥンって本当に人間を襲うのかな」

「何を今更、君だって襲われたはずだ」

「そうなんだけど……僕を襲って、何かメリットがあるのかなって」

「メリットのあるなしじゃない。奴らが人間を襲うという事実が重要なんだ。表に出ていないだけで、君のようにヒドゥンに襲われた人間はまだいるはずだ。人間の世界では、失踪事件や未解決事件として処理されるらしいな。そのために私たち執行兵がいる。案ずるな、君は私が守る」

 心強い言葉だった。人間を襲う存在ならば、僕にとっても他人事ではない。ましてや、僕はなぜかヒドゥンに襲われやすい体質を持っているらしい。まあ、ホノカの言う通り、彼女たちに付けば安心だ。

「そうだね。僕にできることはあんまりないかもしれないけど、これからも――」

 よろしく、と言いかけたとき。サトラが、眩い光を帯びた。それをまじまじと確認するように見据えた後、ホノカは小さく口を開いた。

「この発光は、救援要請だ。恐らくミオリとヒメノが、近くでヒドゥンと戦っている。タカト、私たちも――」



「――その必要はないわ。あの子たちに任せておけば片付く話よ」



 夜の公園に響く、凛と透き通る声。

 振り返ると、ひとりの少女が佇んでいた。

 闇に生える白銀の長髪と、深い青の瞳。

 

 その表情は、酷く無機質で。それでいて、確かな感情を湛えていた。


「クレインッ!!」

 気づけば、僕は声を上げていた。目の前に現れた、少女の名を呼んでいた。

 彼女は昨日と変わらない制服姿。ヴァリアヴル・ウェポンを生成していないところを見ると、ヒドゥンとの戦闘はしていない様子だ。

「ミオリとヒメノなら、それぞれ別のヒドゥンと戦闘を始めているらしいわ。救援要請は来ているけれど、今はもっと優先すべきことがあるみたい」

 クレインの視線は、僕ではなく傍らのホノカに注がれている。僕の声など、もはや届いていないように。

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