第三章 - Ⅵ

 しばしの間その場に立ち尽くし、両腕を震わせていたクレイン。声を掛けようにも、鋭い気迫がそれを良しとしない。あの少女が、クレインの探しているホノカ。確かに、鋭い刀状のヴァリアヴル・ウェポンを有し、実力も相当に高い。

 ――しかし。妙な感覚が、僕の中で引っかかっていた。人間を斬ることに躊躇のない執行兵ならば、僕を見るなり斬り殺していてもおかしくはない。にも関わらず、彼女は「ヒドゥン以外を斬るのは気が進まない」と言っていた。違和感の正体は、恐らくこれだ。

「どうして」

 そうこうしているうちに、クレインがぼそりと呟いた。彼女に話しかけるタイミングを伺っていた僕は思わず聞き返してしまう。

「えっ?」

「どうして、ホノカのことを私に伝えなかったの?」

 いつもよりも低く、責めるような口調が、僕の胸へと突き刺さる。唐突に襲われたこともあり、あの黒髪の少女を探し人のホノカだと認識することさえできなかった。

 それに僕には彼女たちのような連絡手段はない。ミオリにはスマートフォンで連絡できたかもしれないが、まさかあの少女がと思っていた僕は弁明をしようと首を振る。

「僕はヴァリアヴル・ウェポンも持ってないから、連絡も取れなかったし……それに、ホノカの詳しい容姿も、聞かなかったから」

「ッ――」

 そう。クレイン、ミオリ、ヒメノは執行兵の同期だからという理由で、当然顔や声なども周知の事実のはず。でも、僕は違う。容姿も知らなければ、声も知らない。

 クレインもそのことに気づいたのか、口を噤んだ。何も言えずにただ拳を握りしめている。悔しさの滲む瞳を、地面に落としながら。

 一言だけ、放つ。

「……次からは、勝手に行動しないで」

 元々、彼女たちから離れて単独行動をしたのは僕の責任だ。嫌とは言えるはずもなく、僕は反射的に頷いていた。


*********


 旅館に帰ると、ミオリとヒメノも起きていて、すぐに先程のことを話した。

「ホノちゃん、派遣されたんだ。でもまさか、この街まで来てるなんてね」

「グルタ型と交戦し倒したということは、ホノカはディカリアの構成員ではないようですね」

 ミオリは意外そうな声を上げ、ヒメノは冷静に分析する。その際、クレインは一言も話さなかった。そもそも旅館へ戻る道ですら、口すら開こうとしない。余程、あの出来事が尾を引いているのだろう。

「食料さん。それで、ホノカとはどんな会話をしたのですか? できるだけ詳しく聞かせてください」

 問われて、僕はつい先程の会話を思い出す。言ってもいいものか、とクレインを一瞥するが、彼女に通じるはずもない。

「ええっと……まず、記憶の操作をしようとしたんだと思う。でも効かなくて、それで、クレインの話になったんだ」

「私の? ホノカが、私のことを話していたの?」

 クレインの声が耳元で響いて、思わず肩が跳ね上がる。彼女は僕の浴衣の袖を摘まんで緩く引っ張りながら、僕の返答を待っていた。言葉にしてしまった以上、嘘をつく意味は何処にもない。

「うん。クレインのことを知ってるか知らないかを訊かれて、つい知らないって答えちゃって」

「ホノカも、私のことを探しているのかしら。それなら話は早いわ、見つけ次第、串刺しにするまでよ」

 クレインの瞳は、確かな復讐心で満ちているようだった。しかしどうも頭を離れないのが、ホノカの言葉。彼女があの言葉を冗談とか、嘘で言えるような性格ではないように思えた。

「ともあれ、ホノカは姿を消しました。引き続き捜索に当たるしか方法は無さそうですね。もっとも、私たちが今住んでいる街に出没する保証はどこにもありませんが」

「でもでも、ホノちゃんのことだからヒドゥンがいるところには必ず来るよ! 今回だって、実際にヒドゥンを倒したんでしょ?」

 この目ではっきりと見た。ホノカが刃を振るう様と、その結末を。彼女がヒドゥンを斬ったことは事実だ。僕は頷く。

 ともかく、当面は従来通りヒドゥンを倒し続けるしかないと結論づいて、その日は就寝となった。

 ぴたりと背中を付けたクレインの表情は読めなかったが、ここから外に繰り出す勇気はさすがにない、ヒドゥンに襲われるかもしれないし、それ以前にクレインが黙っていないだろう。

 脳裏に焼き付くような黒髪の少女の姿を思い返しながら、僕は瞳を閉じる。あの一件で疲弊していたからか、驚くほど簡単に眠りにつくことができた。

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