第三章 - Ⅱ
しかし。今回は観光だけが目的ではないことは百も承知だ。クレインの目的は、あくまでもホノカを探すこと。ホノカを探して、殺すことだ。そのために、ヒドゥンを誘き寄せる僕がいる。自分の存在理由を歪めてはいけない。
「タカト? なんだか顔が険しいけれど、どうかした?」
首を傾げるクレイン。原因は紛れもなく彼女なのだが、黙っておくことにした。
「ううん、ちょっと緊張してるのかもしれないね」
「緊張? いつものメンバーなのだから、いつも通り接すればいいのよ。まあ、確かに気の置けない間柄でも、宿泊するとなると雰囲気は変わってくるかしら」
会話を続けていると、あっという間に駅へと辿り着いた。駅前では既にミオリとヒメノが待っている。
「おっはよー! わ、クーちゃんさっそく着てくれたんだね、似合ってるよ!」
明るい色のTシャツにショートパンツを合わせた格好のミオリ。クレインの服装に、思わず目を輝かせている。
「ありがとう。せっかくミオリに選んでもらったのだから、出し惜しみせずに着ないとね」
「クレインが衣服に興味を持つなんて思いませんでした。てっきり制服で来るのかと」
そう言うヒメノは高校の制服姿で、休日の格好としては浮いていた。クレインよりもこちらに来て日が浅いということで、もしかすると制服以外の服を持っていないのかもしれない。
「だーかーらー! 何度も誘ったのに、ヒメちゃん買い物に付いてきてくれないんだもん」
「擬態する、という意味では制服があれば十分だと思いましたので。とはいえ、あのクレインがこうして人間の衣服を身に纏っているわけですから、私も何か用意した方がいいかもしれませんね」
「まあ、私もミオリの勢いに乗ってしまったのだけど……」
少々照れくさそうにスカートの裾を気にするクレイン。
「あー。タカト、クーちゃん見てニヤニヤしてたでしょ?」
「え、な、何言って……!」
ミオリの突然の発言。すぐに、クレインの視線が突き刺さる。
「タカト、何か
「い、いや……」
正直、毎晩のああいう状況で邪なことを考えない方がおかしいと思うのだが、その辺りの感覚は人間と執行兵で違うのだろうか。
「クレインと食料さんは一緒に住んでいると聞きましたから、クレインが寝ている間に何かをしている可能性も否定はできませんね」
ヒメノの発言は、僕に対しての強烈な向かい風となった。が、クレインにそんなことをすれば命はない。命を捨てる覚悟は、未だにできないままだ。
電車を乗り継いで約一時間半。ミオリが僕たちを案内したのは、手軽に行ける温泉街だった。この辺りは交通の便も比較的よく、観光地としても人気だ。
「着いたー! 一回来てみたかったんだよね~」
「随分と風情のある街ですね。食料さんは、ここに来たことはあるのですか?」
「うん、小学生の頃に修学旅行で」
不意に、あの頃を回顧する。小学生の男子というものは温泉などに興味を示さず、もっぱら夜の食事と同じ部屋の友人と談笑した記憶しか持ち得ていないものだ。今となっては、少しは温泉のよさも感じることができるのだろうか。
「なるほど、これだけ人間が集まる場所なら、ヒドゥンたちがあの街から行動範囲を広げてこちらに来ていてもおかしくなさそうね」
クレインの言う通り、辺りはそこそこの賑わいを見せていた。様々な国の人がいて、皆思い思いに話し合ったり地図を眺めたり。僕らも無論その一員なのだが、一緒に来ている彼女たちが人間でないという事実は僕しか知らない。
「もー、クーちゃん! こんなときくらいヒドゥンのこと忘れて楽しもうよ!」
「珍しくミオリと意見が合いますね。ヒドゥンの調査も目的のひとつとはいえ、夜になってからでも遅くないのでは?」
「それはそうだけど……モタついている時間はないのよ。もしかしたら今日、ホノカが現れるかもしれない。そう思うと、どうしてもヒドゥンの存在がチラつくわ」
クレインがついヒドゥンの話題を口にしてしまう理由も、分からなくはない。ホノカ、彼女の姉の仇を何としてでも打ちたいという強い意志。それを曲げることは誰にもできない。
と、服の袖を誰かに引っ張られるような感覚を覚えた。ミオリだ。
「タカトからも何か言ってよ~」
「僕? え、と……クレイン」
彼女と目が合う。深い海の深淵を閉じ込めたような、青の瞳。何処となく物憂げな表情のクレインに、何と言葉を掛けたらいいか分からない。
そんな中でも、ぽつりぽつりと言葉を落としていく。
「僕には、君の思いを完全に汲んであげられることはできないかもしれないけど、心配なんだ。根を詰めすぎて、身体を壊しちゃったらとか」
「心配、してくれてるのね。そんなものは無用と言いたいところだけど、いざというときに動けなかったら意味がないわ。目的のことを完全に忘れることは無理だけれど、観光気分も味わってみましょうか」
微笑みを見せたクレインに、ミオリもヒメノも表情を明るくする。とりあえず、ということで、僕たちは街の散策から行うことにした。
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