第一章 - Ⅶ

「ねえ、クレイン」

 ミオリと別れて、帰り道。クレインに、どうしても訊きたいことがあった。

「どうしたの?」

「クレインとミオリはどういう関係だったの?」

 訊きたかったのは、執行兵としてこちらの世界に来る前の話。ミオリが「クーちゃん」と呼んでいたから、元の世界から親しかったのだろうと想像していた。

 しかし。

「どういうって、ただの同僚よ。関係も何もあったモノじゃないわ。仲間、というのは大袈裟すぎるかしら。昔から、あの子の方からよく話しかけてきていたわね。うんざりすることもあったくらい」

 彼女の答えはあくまでも同僚というか、決して親しい間柄ではなかったようなものだった。確かに、クレインとミオリの性格を比べると、何となくクレインが押され気味な印象を受ける。うんざりという表現も納得だ。

「でも、彼女はムードメーカーだった。ま、それは今も変わらないみたいだけど」

 僕とミオリのバイトはカフェでの接客業。明るく元気な彼女の性格が、お客さんを盛り上げるのに一役買っているのは事実だ。もちろん、業務態度も真面目で他の店員からの評価も高い。

 執行兵の掟でも、人間に「擬態」されていたというのだから驚きだ。

「僕にバレたっていっても、今まで通りでいてくれるかな」

「さっきも言ったでしょう? ミオリにあなたは殺せない。ううん、殺させない。彼女にも働いてもらって、私の目的をできるだけ早く叶えるわ」

 目的を果たすことが、クレインの行動理念。その原動力となっているのが、とある執行兵の存在。

 その執行兵について、僕は何も知らない。クレインは、意図的にミオリにも隠しているようだった。その意味は――。

「クレイン、君が探している執行兵って……」

 そのときだった。

 

 ――夕暮れが暗闇へと表情を変えるとき。人気のない歩道下のトンネルに、僕とクレインは差し掛かっていた。

「静かにしなさい。いるわ」

 トンネル内部の闇を従えるように、ふたつの目をぎょろりと配らせて、そいつは鎮座していた。

「ヒドゥン……!!」

「やっぱり、タカトはヒドゥンを誘き寄せる何かがあるみたいね。すぐに終わらせる――アマト!」

 先ほど買った衣服のビニール袋を僕に向かって放ったクレイン。僕が慌ててそれをキャッチしたとほぼ同時に、彼女はヴァリアヴル・ウェポンを生成して地面を蹴った。瞬く間に伸びた光の線は、一対の大槍となって彼女の手に携えられる。駆け出したその勢いのまま、右手の槍を鋭く突き出す。

「これでも受けなさいッ!」

 しかし。彼女の放った攻撃は、金属音と共に勢いを殺される。暗闇に慣れてきた瞳で確認する。首への一突きを狙った彼女だったが、傷ひとつついていない。

「ッ、皮膚が固いわね……アニル型、かしら。あまり出会うタイプではないけど」

 よく見ると、昨夜の獣のようなヒドゥンとは違う型のようだ。昨日のヒドゥンが大きな犬や熊だとすれば、今回のヒドゥンは爬虫類……トカゲのような形をしていた。鎧のような皮膚はアマトの攻撃を受け付けず、クレインは小さく舌打ちをしながら距離を取る。

 昨日のヒドゥンとは違い、頭部ではなく両方の瞳がぼんやりと赤く輝いている。暗いトンネルの中、酷く不気味な光景だった。

「面倒な個体に出会ったわ。こういうとき、ミオリがいれば心強いんだけど……今回は、私ひとりで、倒すッ!」

 トンネル内に、クレインの決意が響いた。穿つことが難しいのならば、打撃で攻める。アマトは形状的に刺突に特化した武器のようだが、クレインは敢えて切っ先を使わず、頭部への殴打でヒドゥンを攻める。

「ギィッ!?」

 さすがのヒドゥンもこれには堪えた様子で、軽い脳震盪を起こしているのか、焦点の定まらない瞳でクレインを見据える。

「残念だったわね。私に出会ったこと、後悔しながら死になさい」

 彼女はそのまま飛び上がり、右のアマトでヒドゥンの顔の側面を殴打。更に続けて、回転の勢いに乗せ空中で回し蹴りを見舞う。

「これで、終わり――ッ!?」

 空中に居るクレインは、思った以上に無防備だ。次の一手、と彼女が繰り出そうとした攻撃に合わせ、ヒドゥンは口から何かを吐き出した。咄嗟にアマトを使って振り払い、身体への直撃を防いだクレインだったが、不安定な体勢で地面へと着地する。

「ッ……!」

「クレイン!」

「近づかないで。大丈夫、ただの酸よ」

 ただの、と彼女は言うが、酸が飛び散った彼女の制服や靴下は所々が破れ、皮膚にまで届いてしまいそうだ。続けて放つ様子はないが、ヒドゥンは真っ赤な舌をチロチロと覗かせながらクレインの出方を窺っている。

「見れば見るほど気色悪いわね。さっさと始末するに限るわ」

 駆け出すクレイン。今度は上からの叩きつけではなく、下から振り上げてヒドゥンの顎を砕こうという算段。しかし。

「く、ッ!」

 両手から繰り出される鋭い爪の斬撃。近づきたいが近づけない。そんなもどかしい状況で睨み合ったまま、じりじりと距離を詰めていこうとするクレイン。額には、玉のような汗が浮かんでいる。このままではジリ貧だ。今からでも応援を呼ぶべきだ、とクレイン向かって叫ぼうとした、まさしく瞬間だった。

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