第一章 - Ⅴ
刹那。目の前で火花が散ったかと思うと、金属同士がぶつかり合う轟音が響いた。夢にも思えたクレインの声。僕とミオリの間に滑り込むように、彼女がミオリの攻撃を受け止めていた。
「クレ、イン――!」
「ちっ……さすがに早いね、クーちゃん」
恐らく僕と同じくらい、いや、それ以上に目を見開いていたミオリは、鋭く後方へ飛び退いた。細身の槍、アマトを構えたクレインは、ひとつ小さな息をついた。
「少し目を離した隙に襲うなんて節操の欠片もないわね、ミオリ。あなたはもう少し冷静な子だと思っていたけれど」
「残念ながら、クーちゃんと違って掟には従う執行兵だよ、私はッ」
大斧の重量をまるで感じさせない、ミオリの跳躍。そのまま吸い込まれるように、クレインに
「クラスメイトの人垣を抜け出すのも一苦労だったんだから、せめて大人しく退いて欲しいものね」
ミオリの大斧によって屋上のコンクリートが穿たれ、破片が散る。しかし、クレインの本当の狙いはこれだった。勢いをつけて振り下ろされた斧の一撃。刃の部分が半分ほど、コンクリートにめり込んでいる。
「なッ!?」
さすがのミオリも、武器の勢いを把握できていなかったらしい。何とか体勢を立て直そうともがくが、上手くいっていない様子だ。そこで、愉快そうなクレインの笑みが投げられた。
「大口を叩いていた割には随分と呆気ないわね。ミオリ、ここで死ぬ? 私、執行兵を殺すのは初めてだから興味があったのよね。あなたならとびきりの声で鳴いてくれそうだわ」
「く、ッ!」
クレインの得物、アマトの先端が、鋭くミオリの白い喉に突きつけられた。頬に玉のような汗を浮かべつつ、クレインと視線を交錯させるミオリ。少しでも動こうものならば、アマトに串刺しにされる。動けないミオリは、斧の柄を握り締めたまま小刻みに震えている。
「ああ、そうだわ。最後に訊いておくわ。もっとも、あくまでも参考程度にしかならないでしょうけれど。この高校にもし他に執行兵がいるのなら、名前と所属クラスを教えなさい」
ミオリに対しての言葉。それを受けたミオリは、奥歯を噛み締めつつ、キッとクレインを睨んだ。
「……知ら、ないッ」
「強情ね。まあ、黙秘は別に構わないけれど。それはあなたの死を意味していることも、忘れないで欲しいわ」
クレインの口振りからすると、言っても言わなくてもミオリを葬る算段なのだろう。彼女が探しているという執行兵の情報が聞ければ儲けものだが、そうでなくても構わない。
ただ、僕にとっては……――。
「クレインッ!」
気づけば足が動き出していた。ミオリとクレインの間に、今度は僕が割って入る。僕の視線は、ミオリではなくクレインに注がれている。
「タカト……!?」
表情は覗えないが、背後のミオリの驚愕に満ちた声が耳朶を打った。
「どうして邪魔をするのよ、タカト。ミオリはあなたを殺そうとしたのよ?」
クレインはアマトを下ろしたが、逆に鋭い視線を僕へ向けた。それでも、僕の答えは変わらない。
「そう、だけど。いくらミオリが執行兵で、僕を殺そうとしてたとしても、高校の仲間で、バイトの同僚なんだ。その事実だけは、揺らがないよ」
「執行兵は人間に擬態して、人間と同じ生活をするように義務付けられている。そう言ったわよね。なのに、ミオリを庇うの?」
クレインの指摘は、彼女たちからしてみれば当然のことなのだろう。しかし、僕たちからすれば。
「それは執行兵としての考えだよね? 君たちのことを知らない人間は、君たちを人間だと思い込む。僕にとっては、ミオリは人間で、仲間なんだよ」
「タカト……」
その気になれば、ミオリは背後から僕を殺すこともできたかもしれない。それでも僕は襲われずに生きている。僕の言葉はミオリに少なからぬ影響を与えているようだ。
「そう。本当にお人よしね。いつか痛い目を見ても知らないわよ」
クレインはアマトを、元の腕輪へと戻した。そんな彼女に対しての解答は、既に用意してある。自分でも分かるくらいの自信満々の声で、僕は答える。
「そのときは、クレインに守ってもらうから大丈夫だよ。君が目的のために、僕を見殺しにできないのも知ってるし」
「目的? ねえ、クーちゃんの目的って何?」
クレインが武器を納めると、呼応するようにミオリもその斧をチョーカーへと戻した。
「クレインは、ある執行兵を探してるんだ。ミオリのことじゃ、ないみたいだけど」
「当然。もしミオリが対象だったなら、今この瞬間にでも殺しているわ」
はぁ、と溜息をついたクレイン。軽く物騒なことを言うところは変わっていない。
ミオリもミオリで、小さく唸り声を上げながらクレインが探している執行兵の存在を絞り出そうとしていた。
「そんな執行兵、いるのかな……?」
「だからあなたに訊いたのよ。この高校に、他の執行兵はいないかって」
クレインの声はミオリに「言え」と言っているようだったが、ミオリはあくまでも首を横に振るだけだった。
「ごめん、クーちゃん。私、本当に知らないの」
「まあ、いいわ。ところでミオリ。せっかく拾われた命、ヒドゥン狩りだけに使わせるのは惜しいと思わないかしら? タカトもそう思うでしょう?」
ミオリがハッと目を見開いた。クレインの提案。それは僕にも問い掛けられている。つまり、その意味は。
「――ミオリにも、協力してもらうってことだよね?」
「ええ、そうよ。私とタカトだけで探すより効率的だわ」
白銀のストレートヘアを風に
「ちょ、ちょちょ、ちょっと待ってよクーちゃんッ! 協力って……私、タカトを殺すかもしれないんだよ?」
「いいえ。ミオリはタカトを殺せないわ。自分の命の恩人を殺せるほど、あなたはねじくれた執行兵じゃない。あと、あなたは任務とこの生活なら、後者を取るわよね。人間界に放たれてしまえば執行兵は自由。ある程度は監視の目があるのかもしれないけど、私の目的くらいは手伝ってくれてもいいんじゃない?」
「う……」
「それに、タカトを殺させなんかしないわ。私はタカトを守る。自分自身の、目的のためにね」
ここまで言われてしまえば、さすがのミオリも折れるしかないようだった。
「――うん、分かった。私も協力するよ。クーちゃんが殺したい執行兵って気になるし」
「ええ。それじゃあ、改めてよろしくね、ミオリ」
ふたりが手を取り合うと同時に、昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴り響いた。
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