023 決勝戦控室

 次はいよいよ校内予選会の決勝戦。勝った方が『王立魔剣士高等学園入学選考武術大会』への出場切符を手に入れる。闘技場の端に作られた控室でフローラは独りで体を休めていた。


「タトのやつ。本当に決勝戦まで勝ち残ったか・・・」


 聖女ティア様の断言は嘘じゃなかった。予選会でみせてくれたタトの活躍は素晴らしかった。タトの成長を心から祝福した。


 だけど・・・。神童と呼ばれていたタトが私を救うために開放した怒りのパワーを思い出すと今でも全身に鳥肌が立つ。人知を超えた力に恐怖せずにはいられない。


 あれ程の力を人間が制御できるのだろうか。聖女ティア様の言う通り、タトはものすごい成長を続けている。信じてあけだいけど・・・。


 このままでは本当にタトはヤクル村を出て行ってしまう。平凡でつまらない村だけど、心穏やかに暮らすには最適ともいえる。


 だから私はタトを守るために、タトが本気で怒り出す前に相手を倒すだけの力を身につけようと努力してきた。


 今、その力をタト本人にぶつけなければいけない。手加減なんてしている余裕はないかも知れない。自分がタトを殺してしまう可能性だってゼロではないのだ。フローラの心は揺れていた。


「ずいぶんとお悩みみたいだね」


 声のする方を見ると何処から入ってきたのが、真っ黒な服を着た小学生くらいの少年がフローラを見上げていた。


 日の光を一度も浴びたことのないような透ける様な白い肌に目を奪われる。魔物なのか。言葉を離せるほど知能が発達しているとなるとレベルAクラス。フローラの力ではとうてい倒しきれない。


「僕の名前はプルト。お姉さんの戦い、カッコ良かったよ」


 そう言って屈託なく笑う少年の顔に危険な香りは消えていた。気のせいなのか。カシスとの激戦で感覚が鋭くなりすぎているのだろう。


「キミ、ここは子供の来るような場所じゃないよ」


「お姉ちゃんにプレゼントを持ってきたんだ。さっきの戦いの疲れがとれて元気になる思ってさ」


 少年が手の平を広げると黒々と光る大粒の魔石(クリスタル)が乗っていた。


「それを私に・・・」


「うん。僕、お姉ちゃんのファンになったんだ。応援したいんだよ」


 少年は黒い魔石(クリスタル)をフローラの手の平にチョコンと乗せた。


「ありがとう。でも、キミ。それ、回復の魔石(クリスタル)じゃないよ。回復の魔石(クリスタル)は純白なんだよ」


 さとすように教えてあげる。少年は神童だったタトのようなあどけない顔をフローラに差し向けてくる。


 タトの背中を追っていた懐かしい思い出がよみがえってくる。身長も魔法も剣の技もタトを追い越し、無能と呼ばれ、やられっぱなしのタトを守るようになった自分。本当は自分が守って欲しかったのに・・・。


 でもタトの力を開放してはいけない。優しいタトがタトじゃなくなってしまう。次の試合で何があってもタトに勝つ。タトの幸せはヤクルの村にあるのだ。


 少年に魔石(クリスタル)を返そうとするフローラだったが体が動かない。しまったと思うフローラに黒服の少年は告げだ。


「そうだよ。この魔石(クリスタル)の名はマリオネット。持つものの限界を超えた能力を引き出す石。そして、それを与えし者の命令に従わせる石。フローラよ。タトを倒すと言う望みをかなえるがいい」


 フローラは体に残った力を使って黒服の少年を睨みつける。少年の顔がしわがれた老人の顔に変化していく。


「あなたは何者・・・」


 最後までたずねる前に、体に満ちてくる黒いエネルギーに耐え切れず意識がもうろうとしてくるフローラ。


「ふふっ。会うのはこれが二度目だよ。プルトだって言ったよね。僕は死神プルト。また会えて嬉しいよ。よろしくね、フローラ」


 少年の顔に戻ったプルトは、眠っているフローラを置いて楽しそうに部屋を出ていた。

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