018 千年木リセ様
「勝てるかどうかは、戦ってみないと分かりませんが、速さで置いていかれることはないと思います」
聖女ティアはあっさりと言ってのけるタトに驚愕した。
タト君は、ほんの一瞬でフローラの高速の剣とカシスの精密の剣を学び、評価している。すごい。
戦いにおいて、相手の力量を見誤ったものはどんなに力があっても負ける。おごりはスキを生み出し、足元をすくわれる。
だけど、今のタト君にはもっと致命的な問題があることを聖女ティアは理解していた。そう、謙虚さは必要だがタト君は自己評価が低すぎる。
ほんの少しだけ彼のリミッターを解除しただけで、自分の力を持て余している。強者と戦う実践の経験値が圧倒的に足りていないのだ。
相手を評価して褒めるのもけなすのも評論家の仕事だ。一流の剣士はさらにその上をいき、己の力を制御して迎え撃つ。独りでの修行には限界がある。
「ほう、なかなか面白い試合なのです。二人とも実戦慣れしているです」
タトと聖女ティアが後ろを振り向くと緑色の髪の小さな少女が立っていた。少女は緑色の愛らしい瞳をタトに向けた。
「キミ、フローラとカシスの動きが見えるの」
小学生くらいの幼い少女の言葉にタトは驚く。二人の動きが見えたことで急に自分が特別な存在だと思いあがってしまった自分が恥ずかしい。こんな幼い子供にだって見えているんだものな。
「タトに比べれば全然遅いですう」
緑色の髪の少女はタトの体に抱きついてきた。
「きっ、キミ・・・。いきなり何するんだ」
「ふふっ。タト、つかまえたですう」
少女はタトの体に頬ずりする。
「誰だキミ。失礼じゃないか」
「簡単につかまるタトが悪いのですう。私、リセ。よろしくなのですう」
「離してくれ。僕は、今、とても忙しいんだ。子供の相手はしていられないんだ」
闘技場でのフローラとカシスの戦いはさらに激しさを増していた。見逃すことはタトにはできなかった。
「離せるものなら離してみるですう」
「んぐっ」
抱きつく少女を押し退けようとするがピッタリくっついて離れない。どうなっているんだ。メチャクチャバカ力だぞ。ビフより怪力かも・・・。って、ありえないんだけど。
「千年木、リセ様。お遊びはそれくらいで・・・」
聖女ティアは子供をあやすように優しくほほ笑む。
「ほよ。ネタバラシは反則なのですう」
「えっ、ええー。しわがれ声の千年木さん。どおりでバカ力・・・」
まるでイメージが違う。姿だけじゃなく、言葉遣いまで変わっている。だけど彼女から溢れ出るオーラの光は・・・。
なるほど、聖女ティア様のおっしゃる通りだ。懐かしくて温かい。僕の中から湧き上がるまがまがしい力を沈めてくれたものと同じものを感じる。
それにしても千年木様が女子だったなんて。あの声はどう見てもジジイだと思い込んでいたのに・・・。トロルとかフローラとか、僕は色々と変なものになつかれる。
「タト君。良いことを思いつきました。時魔法は使えますか」
べったりとくっつく千年木のリセ様を持て余していると聖女ティア様にたずねられた。僕は自分の感じていることを素直に返す。
「はい。ずっと無我夢中で使っていましたが、リミッター魔法を少しだけ解除できるように教わったので、少しは自分の意志で使えると思います」
僕の返事を聞いて聖女リセ様は、僕にしがみつく千年木、リセ様の手を取った。
どんなに力を込めても外れなかったのに・・・。マジかよ。
「リセ様、お願いがあるのですがタト君と戦っていただけませんか」
えっ、僕がリセ様と戦うのですか。こんな子供と・・・。普通の人間じゃないことはわかっていても見た目の幼さに惑わされる。
「さすが聖女だけのことはあるですう。タトに実戦をつまして経験値をアップするですなう」
リセ様は子供らしく無邪気に笑う。
「お見通しでしたか」
「楽しいこと大好きなのですう。直ぐにやるです。ほにゃ、タト。時魔法を使うですう」
ノリノリのリセ様、僕は本気を出せるのだろうか。正直自信がないが二人とも並の人間じゃない。きっと僕を導いてくれるに違いない。
「分かりました」
僕は素直に従い、時魔法を放った。見えないくらい高速で戦っていた闘技場のフローラとカシスが剣を交えたまま静止して見える。うん、上手くいっている。
「んじゃ、裏山まで行くですう」
「リセ様と聖女ティア様は動けるのですか」
「私はその、大丈夫です。聖女はナイトと常に一体です」
そうなのか。知らなかった。なんか微妙に恥ずかしいのは僕が思春期の男子だからか。顔が熱いぞ。
聖女ティア様は理解したけど・・・。それじゃあ千年木のリセ様は・・・。僕の魔法の影響外にあるはずなのに、普通に動いているし。聖女ティア様の『一体です』の言葉が頭の中を巡る。
「リセ様は・・・」
千年木のリセ様は僕の顔を見てにんまりと笑い、腕をブンブンと降りませしてみせる。
「いえ、やっぱり答えはけっこうです」
見た目があどけない小学生に見えるだけに、聞くのがなんか恐ろしくなってきた。
こうして僕の実戦訓練が始まった。
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