015 僕と言う存在
ビフが去った後、僕は観客席の聖女ティア様のもとに走った。
なぜ、この世界で僕だけが黒髪なのか。
ビフが言い残した『外(そと)』を表す別世界の言葉。
『黒髪の転生者タト』
僕の知らない僕。
ビフに攻撃された時に自分の中から生まれたまがまがしい力。
怒り狂った僕の中の何か。
知らない内に自分にかしたリミッター魔法。
断片的だった点が一つの線になろうとしている。
僕は聖女ティア様が何かを知っていると確信した。
「聖女ティア様、戻りました」
「タト君・・・」
「ビフから僕自身についていくつか教わりました。僕はいったい何者なんですか」
「タト君。次の試合、決勝戦まで少し時間があります。千年木さんに会いに行きましょう」
僕は振り向いて会場の外にある千年木を見上げた。
「・・・。千年木さんが・・・」
そこにあるものは僕の知っている千年木ではなかった。青々と茂っていた葉っぱがすべて枯れて落ちている。生命のエネルギーを使い果たしたかのような枝だけになった姿に驚く。
「タト君。大丈夫です。千年木さんは死んでません」
「ですが・・・」
「タト君。タト君はまだ何も分からないかもしれないけど、タト君の体はもう理解しているはずです」
あの時、聖女ティア様から発せられた白い光。そこには聖女ティア様のものとは違うなにか懐かしいものが混じっていた。毎日、巨木に向かって訓練に明け暮れていた日々を思い出す。
あの時からずっと千年木さんは僕を見守っていたのか。リミッターを少しだけはずした僕はオーラが放つ光を見極められるようになっていた。
「僕を助けるためですね」
「はい。力を私に授けてくださいました」
僕の言葉に聖女ティア様はうなづく。彼女は僕の成長をちゃんと理解している。僕と聖女ティア様は会場を抜け出して千年木のもとへ向かった。
枯れ木となった痛々しい姿の千年木に話しかける。
「千年木さん」
『おう。来たかタト。いや、黒髪の転生者タトよ』
「僕を救ってくださってありがとうございます」
『なーに。いずれこうなることはわかっていた』
「千年木さん。僕はいったい何者なのですか」
『どうやら自身の秘めたる力に戸惑っておるようじゃな』
「はい。恐ろしい力です」
『大なり小なり力と言うものはそういうものだ。恐れをいだいているならいつかは制御できるようになる。今はまだその力を開放する時ではない』
「はい。感じています」
自分自身の中にある得体のしれない力が僕に恐怖をおぼえさせる。その力が尋常じゃないことを予感する。
「タトよ。ぬしは別世界より召喚された赤子(あかご)よ。この世界に存在する七人の魔王とそれを束ねるために現れる大魔人。やつらから世界を救うために招かれた」
七人の魔王とそれを束ねる大魔人って。昨日まで負けっ放しのやられっ放しの僕がですか。力の制御もできない僕が・・・。驚きを隠せない。
「僕が世界を救うのですか」
『そうなるやも知れんし、はたまた、そうならんかも知れん』
千年木の曖昧な返事に僕の心は揺れる。
「どう言うことですか」
『タト、ぬしはまだ子供だ。力の制御を間違えば、この世界を滅ぼす諸刃の剣になるやもしれん』
「タト君は私のナイトです。運命の人です。そんな事にはなりません。私がいる限り、断じてそんなことにはさせません」
『聖女ティアよ。ぬしもまだ子供だ。二人ともまだまだ成長する。良き成長には良き友が必要だ。互いに切磋琢磨し、己をみがく。自ら未来を切り開くことができるのが人と言うものだ。魔物や魔人とは違う』
千年木さんの言葉に僕は少しばかりホッとする。僕の何に宿る力。真っ黒で毒々しい。それが魔物に由来するのではと恐れていたのだ。
『仲間を探せ。旅にでよ。世界を学ぶがよい。未来は常に子供たちのものだ。さあ、ゆくがよい。予選会は終わっておらんぞ』
そうだった。幼なじみのフローラと生徒会長のカシスの準決勝の試合が残っている。そしてその勝者と戦う僕の決勝戦もまだだった。
「千年木さん。ありがとうございます」
『ワシのことは心配いらんぞ。今は枯れ木になってしもうたが、冬が来て春が訪れれば新しい葉が芽吹く。再生の力。植物とはまた、そういうものだ』
タトと聖女ティアが去った後、茂みの中から黒服の老人が顔を出した。
「クックックッ。千年木とあろうものがなんと情けない姿になってしまったことか。これならワシして簡単に斬れると言うものょ」
黒服の老人は枯れ木となった千年木に向かい合い、腰を落として仕込み杖に手をかけた。
カキッ。
わずかに引き出された刃がギラリと光る。
『ワシを斬っても無駄だぞ、プルト。千年も生きておれば、命なんぞ、はるか昔にどうでも良くなったわ』
「ふん。転生者なんぞに加担するとは笑止。世界の理(ことわり)を曲げる気か」
『神々の世界に籍を置きながら、魔物や魔人以下の死神なんぞに言われる筋合いじゃないわ』
「千年木、いや再生の神リセ。大魔人の降誕(こうたん)は近いぞ。ククックッ。楽しみだ」
カチン。
プルトと呼ばれた黒服の老人は仕込み杖をしまって何処かへと消えた。
「ふぇー。厄介なやつが現れたです。リセの希望を壊さないで欲しいです」
枯れた千年木の前に一人の少女が立っていた。いや、少女と言うより幼女に近い歳にも見える。
「さてさて、黒髪の転生者、タト君の活躍を見に行くです」
彼女は背丈ほどある緑色の髪を風になびかせながら予選会場へと向かった。
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