013 予選会準決勝 ビフ対タト戦①

 校内予選会第二試合。ビフは相手のクルル選手をワンパンチで場外にぶっ飛ばして勝利。身長二メートル越え、体重二百キロの巨漢は伊達じゃない。


 クルル君だって王立魔剣士高等学園の入学を夢見ていたのだからそこそこ強い。事実、中学校に入ってから僕はクルル君と戦って勝てたためしがない。


 重戦車ビフの爆発力に圧倒され、予選会会場は静まり返った。勝利宣言でもして喜ぶかと思ったが、ビフは観客席の僕とティア様の方を睨んで唾を吐き捨てた。


 僕がトロルを倒してしまったのが余程気に食わないらしい。人指し指を突き立てるジェスチャーをして、無言で会場を出て行った。


 ものすごく怒っているな。あんな怖い顔のビフを見たのは初めてかもしれない。正直ビビりまくりだ。


 僕の気持ちを察したのか聖女ティア様の手がすっと伸びてきて僕の手を握る。


「タト君は負けません。私が選んだナイトです。運命の人だから」


 聖女ティア様・・・。そうだ、僕は負けるわけにはいかない。ティア様の名誉ためだ。彼女を守るナイトは僕なんだ。


 タト、いいか。戦いではビビったやつの負けだ。


 僕は自分の心に言い聞かせて、聖女ティア様の手を強く握り返して決意を伝えた。


 校内予選会第三試合、第四試合。幼なじみのフローラと生徒会長のカシスはそれぞれ相手につけ入るすきを与えず、難なく準決勝へと駒を進めた。


 強敵はビフだけじゃない。王立魔剣士高等学園入学選考武術大会に出場できるのはヤクル村中学校でただ独り。僕は静かに気合を入れた。


 ビフ、フローラ、カシスの試合が余りにも早く終わったので僕は休む間もなく試合にのぞまなければいけなくなった。対戦相手はビフ。僕をバカにし続け、聖女ティア様を愚弄した因縁の相手だ。


 決着をつけてやる。


 僕は木刀サイズのにょい棒を手にして闘技場を駆け上がった。


「ようタト。第一試合は面白かったぞ。死に花を咲かした気分はどうだ」


 ビフの挑発に心を乱すこともない。聖女ティア様が観客席で僕を見ている。僕は体の中に流れる気を拳に貯めていく。


 素手で戦うビフに対してにょい棒を使うのはどうかと思って投げ捨てる。


 ドスン。


 重さ一トンの木刀サイズのにょい棒は、大きな音と共に石の床を砕いてめり込んだ。


 どよめく会場を背にして、ビフは眉をピクリと動かしただけだった。


 アリル先生の合図で戦いが始まった。


 即座にビフの強烈なパンチが飛んでくる。


 僕は避けずにそれを真正面から自分の拳で受け止めた。


 ドッカーン。


 互いの拳がぶつかりあい、生まれた衝撃波が暴風となって会場全体に広がっていく。


「ふん。クソ野郎が一晩でずいぶんと変わったものだ」


「僕は負けない」


 ビフは拳を引いて連続で繰り出してくる。スビードも重さも一級品のパンチを惜しげもなくみまってくる。僕はそのすべてを拳で受ける。


 ドス、ドス。ドッカーン。


 ビシ、バス、ガゴーン。


 その度に会場の外の木まで揺れる。重戦車ビフの名は伊達じゃない。裏工作も何もない気合の入ったビフのパンチを無心で受け続けている内に僕の心に一つの疑問が生まれた。


「ビフ。今までワザと僕を挑発し続けたのか」


「ふん。知るか」


 ニヤリと笑いながらもパンチを繰り出すビフ。


「ビフ、答えろ」


「なんもかんも気に入らねえんだよ、タト」


 ドス、ドス。ドッカーン。


 ビシ、バス、ガゴーン。


「神童だったお前、何で急に弱くなったんだ。ああん」


 ドス、ドス。ドッカーン。


 ビシ、バス、ガゴーン。


「やられっぱなしのタトに魔物から救ってもらったなんて過去は、俺にはいらねーんだよ」


 ドス、ドス。ドッカーン。


 ビシ、バス、ガゴーン。


「さあ、本気のタトを見せてみろよ。神童タト君よー」


 ドス、ドス。ドッカーン。


 ビシ、バス、ガゴーン。


「じゃなきゃ大人しく死ねや。おーりゃー」


 腰を入れたビフの渾身のパンチが飛んでくる。


 ビフ・・・。いいだろう。なら見せてやる。僕は自分自身にかけたと言うリミッター魔法を、昨晩聖女ティア様から教わった通りほんの少しだけ解除して、力を解き放った。


 交わるパンチ。


 互いの拳が相手の顎を捉える。


 ブバーン。


 大地震でもおきたかのような衝撃が予選会場を揺らす。


 二人とも弾け飛んで闘技場から飛び出す寸前でくい留まる。ビフは口の中に溜まった血を床に吐き捨てる。


「へへ。やっと面白くなった。こうでなくちゃ」


 重戦車の異名のごとく闘気を吐き散らしながら向かってくる。


 ドス、ドス。ドッカーン。


 ビシ、バス、ガゴーン。


 互いのパンチの応酬が続くと思われた時だった。


 ズシッ。


 ガゴ。


 僕は口から血反吐をはいて膝から床に崩れ落ちた。


 ビフのパンチが僕の腹部に食い込んでいる。ただの拳じゃない。


 メラメラと炎をまとった真っ赤に焼けた鋼のパンチ。


「フハハ。俺の武器は肉体だけじゃねーんだよ。むしろ魔法の方が得意だ。魔法力を身体強化に消費しないために肉体を鍛えたのさ」


 熱い。腹の中に焼けた巨大な火箸を突き立てられた感じとでも言えば良いのだろうか。


「どうだ、タト。黒髪の転生者。お前の力なんてこの世界は必要としていないのさ」


 黒髪の転生者。何のことだ。ビフはいったい何を言っているのだ。薄れゆく意識の中で僕は何かを思い出そうとしていた。

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