011 予選会 リテル対タト戦①

 ヤクル村中学校の裏に設置された石造りの円形闘技場に立って、僕は会場の奥にある裏山の森を眺めた。手に握る木刀を見つめてから、頭をのぞかせている千年木に心の中で感謝を述べる。


 千年木さん。見てますか。千年木さんからもらったにょい棒で予選会に挑みます。ずっとやられっぱなしの僕だったけど、今日は勝ちます。強豪ばかりで正直怖いけど、必ず勝って聖女ティア様の名が汚されることの無いよう努めます。どうかお守りください。


 緊張が解け、心が澄んでいく。周りの観客が発するヤジに気を取られることも無くなった。僕の方を見つめてニタニタと笑うリテルと対峙する。


「よう、タト。予選会に木刀はいくらなんでも失礼だろ。それとも金が無くて鉄の剣すら用意できなかったのか。これだから貧乏人はこまる」


 何かにつけて村長の孫としての財力を自慢したがるリテル。正直言ってかなりうざい。僕をダシに使って会場の笑いをとろうするのは止めてもらいたい。


「どうかな、リテル。こいつはただの木刀じゃない。今にわかるさ」


 いつもの僕ならオドオドするところだが、今日はなぜか落ち着いている。僕らしくない挑戦的な返答にリテルは顔を歪めてイラつき出した。


 戦闘前の言葉による心理戦は僕が一歩リードってとこだろうか。戦いはすでに始まっている。


「タト君。キミ、本当に木刀なんかで良いのか」


 審判であるアリル先生が綺麗な顔の眉を八の字にして心配そうに僕に声を掛けてくれる。毎月の模擬戦で鉄の剣で戦って誰にも勝てたことない僕なんだから当然と言えば当然だ。


「大丈夫です、アリル先生。僕は試合を投げ出したわけじゃありません。こいつは僕にとっての最強の友です」


 僕は木刀に変化しているにょい棒をかかげて見せる。


「なら分かった。存分に戦え。今日は聖女様もおられるから死なない限り、負けてもその場で回復できる。おかげて私の回復魔法は用無しだ」


 保険の先生を兼務しているアリル先生はそう言い残して闘技場の端についた。


「それでは始め」


 審判であるアリル先生の掛け声とともに『王立魔剣士高等学園入学選考武術大会』の切符をかけた校内予選会の第一試合は始まった。


 リテルは魔石(クリスタル)の沢山ついた杖をクルクルと回しながら召喚魔法の呪文を唱える。


 魔物討伐の実際の戦闘現場でこんなノロノロと呪文を唱える時間なんてあるのだろうか。ちょっと疑問に感じながらも相手の準備が整わないのに不意打ちと言うのも如何(いかが)なものかと思ってこらえる。


 やがて円形の闘技場の石畳の上に黒い魔法陣が浮かび上がり、その中からこん棒を携(たずさ)えた巨大なトロルが出現した。


「ウォー、リテル。かっちょえぇ」


「すっんげえぞ。リテル」


「タトなんか一撃だな」


 途端にリテルの取り巻きたちが観客席でヨイショを始めた。僕はC級魔物のトロルを見るのは初めてだったので、二階建ての建物くらいある大きさに圧倒された。


「デカいな。ビフの比じゃない」


 僕がつぶやいた直後、リテルがトロルに命じた。杖の先が僕の額を捉えている。


「やれっ。トロル。タトをぶっ殺せ」


 トロルは大人一人分はあろうかと言う巨大なこん棒を僕に向けて振り下ろした。


 僕はすかさず横に飛んで避ける。


 こん棒は石の床を豪快に粉砕して止まる。


 とんでもないバカ力だ。まともにくらったら大ケガどころか肉の塊になっちまう。


 個人の技量をはかる予選会でこんなズルってアリなわけ。予選会のルールに疑問を感じる。


「どうだい、タト。トロルの力はこんなものじゃないぞ。行け、トロル。タトを倒したら褒美にそいつを食ってもいいぞ」


 グルルルル。


 トロルは雄叫びをあげ、突き出た牙で閉じることのできない口から大量のよだれを垂らした。ただでさえ不気味なのに・・・。


 グギグギ、ググー。


 叫びながらこん棒を僕に向かってブンブンと振り回す。その度によだれが宙を舞う。めちゃ汚い。



 僕は飛び跳ねたり、姿勢を低くして辛うじてこん棒とよだれを避ける。だが巨躯から繰り出されるこん棒が作り出す風圧だけでも飛ばされそうだ。


「フハハハハハ。タトー。ぶざまに逃げ惑うだけかよ。さっきの威勢のよさはどうした。手に持つ木刀はお飾りかい」


 トロルの背後でリテルが笑う。


 僕はただ逃げていたわけじゃない。C級魔物のトロルと対戦するのは初めてだったので実力をはかっていたのだ。


 力はC級魔物の上クラス。動きが大ぶりで直線的だから攻撃の予測もたやすい。試しに受けてみるか。


 動きが止まった僕の頭に向けてトロルは大きく振りかぶってこん棒を振り下ろした。


 ガキーン。


 もの凄い轟音。こん棒を受けた木刀から、衝撃が僕の体を抜けて踏ん張る足先へと伝わる。


 足元の石畳が砕け飛び、その下の砂塵が舞う。砂煙で視界が途絶えた中、リテルの声が闘技場に響きわたる。


「トロル、タトのミンチは食っていいぞ。ぐじゃぐじゃの死人は幾ら聖女でも蘇生(そせい)できない」


「誰が死んだって」


 収まりゆく砂煙の中で僕はにょい棒でトロルのこん棒を受けていた。すりばち状に凹み、砕けた床石の間から土がのぞいている。なんてバカ力だ。


 グギ。


 何が起きたか理解できないトロルの動きは完全に止まっている。僕は木刀と化したにょい棒に力を込め、押し返した。


「うりゃー」


 バランスを失って後ろによろめくトロルの左脚に向けて木刀をふる。


 バキ。


 トロルの右脚が不自然にねじ曲がった。上半身の発達した筋肉に比べて下半身が小さい。弱点は脚とみた。


 野生の本能が目覚め、リテルの命令を無視して僕に背を向けて逃げ出そうとするトロル。曲がった脚を引きずりながら闘技場から飛び出そうとする。


 正気を失ってトロルはブンブンとこん棒を振り回す。手負いの獣ほど怖いものはない。このまま闘技場を飛び出したら観客に被害が出るのは明らかだ。


 僕は木刀を振り上げ、思いきり床を蹴ってトロルの背後まで飛び上がる。木刀をトロルの頭上に向けて振り下ろした。


 ガゴン。


 意識を失ったトロルは、リテルの上に覆いかぶさるように倒れ込んだ。


 ドッチーン。


 闘技場に寝転ぶ巨大な魔物の背中に着地した僕は、木刀を振りかざし、無言で戦いの終わりを宣言した。


 ・・・。


 の、はずだった。


「フハハハハ。僕に勝った気か。残念だったな」


 気を失っているトロルの口が勝手に動いて、リテルの声が響きわたる。


「魔物使いの究極技、魔物人結合。僕を追い詰めるなんて百年早いぞ」

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