010 聖女ティア様、ヤクル中学に降臨

「タト、おはよう。すっかりガチガチだな。まあ仕方ないか」


 教室の入り口に幼なじみのフローラが立っていた。金髪ショートヘア、無駄な脂肪を削ぎ落しながらも女性らしさを強調するフォルム。姿だけ見たら美しいと言えなくもない。


 彼女の容姿に好意を持っている男子がクラスには大勢いる。学校ではあまり親しそうにしないでくれと言っても聞かないから、嫉妬される。クラスの男子どもがざわつき出す。


「何でタトばっかり・・・」


「フローラの次は聖女かよ」


「媚薬とか使ってたりして・・・」


 ほら見ろ、声がデカすぎ。フローラのやつ、ほんと元気だな。注目を集めてどうするんだよ!僕は悪態をつくしかない。


 フローラは何事も無いかの如く、生徒たちをかき分けて悠々と歩き、僕の隣の席に座った。


 程なくして始業のベルが鳴り、僕は救われる。担任のアリル先生が現れて、噂話に花を咲かしている生徒たちも自分の席について一旦静まった。


 アリル先生は一言でいうと白銀の髪を持つ大人の女性だ。僕らとは違う沈着冷静な気品漂う白魔導士。回復魔法が得意なことから保健の先生も兼ねている。


 こう言ってしまうと、とても人気の先生に思えるが、言葉遣いがちょっとキツイ。噂ではとんでもない大酒飲みらしい。美人なのに浮いた話がまるで聞こえてこないのはそのせいか。


「既に噂になっているようだが、転校生が我がクラスに来ることになった。入ってきなさいティア」


 アリル先生に促されて聖女ティア様が教室の入り口に立った。


 ウォー!


 聖女ティア様の神々しさに盛り上がりまくる男子のクラスメイトたち。


「静かにしろ!バカども」


 突然のアリル先生の大声に聖女ティア様は細い肩をすぼめてピクッとする。


「私のクラスの男子はバカどもばかりで困ったものだ。私の教育が行き届いていないので申し訳ない。仲良くしてやってくれ」


 聖女ティア様は教室に入り、気を取り直してアリル先生の横に立つ。


「今日から皆様と机を共にすることになりましたティアと申します。なにとぞよろしくお願いします」


 長い銀髪を垂らして深々と頭を下げる聖女ティア様。もう聖女だってバレてますよ。


「色々とわけがあって転校生のティアの席はタトの隣だ。文句は言わせん」


 アリル先生・・・。もう少しヤンワリと言って欲しかった。


「アリル先生!それは聖女ティアのナイトがタトだからですか」


 男子生徒の一人が立ち上がる。


 ほら・・・。噂が確信になっちゃったじゃないか。


「そんなの横暴だ」


「そうだぞ。かわいい子を独占するなんて許せん」


「ナイトがやられっぱなしのタトと言うのが気に入らない」


 男子生徒がはやし立てる。アリル先生は頭を抱える。


「そうか。バレてしまってはしかたない。皆の言う通りここにおられるティア様は、ガドリア王国聖教会が認めた正式な聖女様だ。そしてタト君がナイトに任命された。いいな、問題を起こすなよ」


 アリル先生はブチ切れぎみにどなって釘を刺す。


「先生。今日の校内予選会は王国認定のものですよね。生徒の誰かがタトを倒せば、聖女の任命もくつがえるんですよね」


 おそらくこの発言もビフが吹き込んだに違いない。


「マジかよ」


「聖女のナイトどころか、聖女を自由に扱ってもいいらしいぞ」


 男子生徒はアリル先生の言葉など無視しておおいに盛り上がる。


 校内予選会が始まる前に僕はクラスの男子全員を敵に回したようだ。やられっぱなしの負けっ放し。先が思いやられる。


「キミたち。ゲスな妄想はそのくらいにしたらどうだい。今日の校内予選会で優勝するのは生徒会長である僕だ」


 すくっと立ち上がる美男子。名前はカシス。黒魔剣の使い手で名声、人望、実力ともにヤクル村中学校三年の筆頭、いや、歴代ナンバーワンと言って良い。奇跡の貴公子と呼ばれている。


 女子たちの歓喜の声援。男子どもは口をつぐむ。


「キャー」


「カシス様が聖女付きに。最強戦士になられるのね」


「私をカシス様の側女(そばめ)にしてー」


 カシスはヤクル村中学校ではもはやアイドルとして扱われ、抜け駆けして告白する女子すらいない。天上人扱いになっている。


「タト、カシスをやっつけたら、私を除く校内女子、全員を敵に回すよ」


 幼なじみのフローラが僕の横で耳打ちしてくる。


 男子も女子も敵に回すのか。もともと居場所のない僕の校内での立場はどうなるんだろう。


「私は何があってもタトの味方だけどね」


 フローラはウインクしながら椅子を引いて立ち上がった。クラス中に聴こえるように声を張り上げる。


「今日の校内予選会は私も出場するんだよねー」


 途端にカシスの顔色が青ざめる。動揺を隠しきれていない。


「ばっ、バカな。フローラ、キミは王立魔剣士高等学園など興味ないって公言していただろ。棄権するんじゃないのか」


 冷静沈着、奇跡の貴公子の慌てる姿にちょっとスッキリ。って、自分の器の小ささを思い知るタトだった。


「それがねー。聖女様が全力で戦えっておっしゃるのよ」


 フローラは聖女ティア様の方を見て面白そうにほほ笑んだ。その時、教室の奥で憮然としていたビフが突然吠えた。


「インチキだ。俺は認めんぞ。気に入らん、タト、助っ人なんてつけやがって」


 そう、カシスが奇跡の貴公子ならフローラは無冠の帝女と呼ばれている。


 彼女がは王立魔剣士高等学園入学志望じゃない事から、ヤクル村中学校で開催される校内の模擬戦はいつも欠席しているのでその実力は誰一人知らない。


 しかし、フローラの祖父は隠居したもと勇者で、生まれ持った素質は祖父以上。白魔剣士教会から内密に誘いを受けているとまで噂される実力者なのだ。


 強豪ぞろいの校内予選会がいよいよ始まろうとしていた。

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