005 聖女の決まり

「ぶっははは。木刀で俺様と戦おうってか。おーっと、すまない。タトのへなちょこの剣は俺様が折っちまったんだっけ」


 ビフは笑いながら戦闘態勢をとり、巨体に気をためていく。単細胞だがパワーだけはヤクル村中学校でも群を抜いている。


「タト君はあなたなんかに負けません」


 聖女ティア様の応援。ありがとう。勇気をもらった。


 僕がビフに向かっていこうとした瞬間、ビフの体をおおっていた戦闘のオーラが消える。


「まあいいか。どうせタトの命は今晩限りだ。明日の予選会で俺はこいつを殺す。正式な試合や決闘でナイトを失った聖女は倒した者の所有物。奴隷にしようが売り飛ばそうが俺様の自由にできるんだよな。なあ、聖女様。それが決まりだったよな」


 ビフはニヤニヤ笑いながら聖女ティア様につめ寄った。


 そっ、そうだった。聖女とナイトは一心同体。それがこの世界のルール。ナイトを失えば聖女の名は地に落ちる。家畜以下の身分におとしめられるのだ。


 聖女なんて縁のない弱っちい僕は大切なことを忘れていた。聖女がナイトを選ぶと言うことは身も心も託すという意味なのだ。


「はい。タト君は私のナイトです。タト君があなたに負けるようなことになったら私を好きなようにすればいいわ」


 聖女ティアは唇を噛み締めてビフを睨みつける。


「いきましょう、タト君」


 ティア様は戦闘態勢で固まっている僕の手を取って歩き出した。後ろからビフの吠える声が響いてくる。


「おーい、タト。良かったな。死ぬ前に良いおもいができて。今晩頑張り過ぎて、明日の予選会で力が出せなかったなんて言い訳はなしだぞ。ブヒヒ」


「なに!」


 あまりにもゲスな言い方に頭に血がのぼる。振り向こうとする僕を聖女ティア様が静止した。


「よしましょう。彼はタト君の力を全く理解していません。明日、おもい知らせば良いことです」


 聖女ティア様がつないだ手の指を絡ませてくる。いわゆる恋人手つなぎってヤツだ。初めての経験に僕の心臓はバクバクと高鳴った。


「それより私はとても嬉しかったのです。タト君が彼の前で私のナイトであることを宣言してくれたことが。私のことを守ってくださいね。私のナイト、タト君」


 白くてきれい顔を真っ赤にしながらティア様が告げる。なにか答えなければと思うけど、少しでも強くなろうと修行に明け暮れた僕の頭の中に女子に向けた気の効いた言葉なんて思い浮かぶはずもない。


「はい。聖女ティア様」


 なんとか一言をしぼり出すと、聖女ティア様が指にギュッと力を込めてきた。

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