002 聖女ティア様のお願い
ヤクル村中学校の裏山で独り、大地に寝転んで心を静める僕。
「あのー。タト君ですよね」
「そうだけど」
柔らかい声に目を開けると銀髪の少女が屈みこんで僕を見下ろしていた。ハッとするような美しさに思わず目を大きく見開いてしまう。
「キミは誰」
「えっと。私、ティア。聖女をしています」
微笑む少女はヤクル村では見かけないような高級な服で着飾っている。
「せっ、聖女様・・・」
同い年くらいに見える幼い少女の口から出た言葉に僕は慌てた。
聖女は神々の使いとされ、戦闘能力こそないものの、魔除け・回復・防御・魔物の魂の浄化などのスペシャリストとされる。そして、その美しさは女神の恩恵と噂されている。
目の前の少女は確かに人間離れした美しさだけど、余りに若すぎる。この若さで聖女を名のれるほどの人物が、ど田舎のヤクル村にあらわれるはずがない。
「タト君にお願いがあります。どうか私のナイトになっていただけませんか」
聖女のナイト・・・。僕が中学で習ったつたない知識でも、それはあり得ない。
聖女にとってのナイトとは単なる身辺警護人にとどまらない。一度選任すれば死ぬまでナイトと共に暮らす。生涯を共にする伴侶、つまり夫を選ぶようなものだ。
「でも・・・。僕はまだ十五歳の中学生で・・・」
「はい。タト君は来年、十六歳。もう結婚できる年です」
長い銀髪をゆらしながら少女は幼い顔を恥ずかしそうに赤くする。
メチャかわいいけど、そんな事って・・・。からかわれているだけだよな。こんなぶざまな僕に告白してくる女子はヤクル村中学校ですら一人もいない。それが聖女のナイトだなんて・・・。
「私は本気です。何なら今ここで誓いの儀を執り行ってもかまいません」
少女の顔の真剣さにウソを言ったりからかっている素振りは見受けられない。
夢のような申し出ではあるが戸惑いを隠せない。
「ちょっと待ってください。僕はヤクル村で最弱なんですけど・・・。ナイトとして聖女様を守るなんて無理です」
自分のことを自ら最弱と言わざるおえない事に唇を噛み締める。だけど事実なのだから仕方がない。聖女のナイトなんてやれるはずがない。
「タト君は最弱なんかじゃありません」
そう言い張った聖女様の瞳が僕の目を真っ直ぐ見据えている。初めて見る聖女様。彼女が僕の何を知っていると言うのだろう。
「そう思いたいけど、今さっきクラスメイトのビフに手も足も出ず、やられっぱなし・・・」
力の差が歴然としすぎていて、思い出すだけで惨めさに拍車がかかる。言葉が続かない。
「タト君は、十五歳で時魔法を使えるじゃないですか」
聞いたこと無い魔法だな。
「時魔法って何ですか」
「はい。タト君はいつもこの場所で稽古を積む時に、時魔法を使っているじゃないですか。人間の時間なら千年分の修行を耐え抜いてます」
聖女様の言葉の意味がまるで呑み込めない。ただの人間が千年なんて生きられるはずがない。
「千年。ウソだろ」
「事実です。タト君は時魔法で周囲の時の流れから離脱して千年分の修行を積んでます」
聖女様が言うのだから仮にそうだとしても、千年も修行して、まったく成長しない僕には才能の欠片もないってことか・・・。
「まったく強くなっていないじゃないか」
口を尖らせて不貞腐れる。
「リミッター魔法を自分にかけたまま日常生活し、その上、千年も修行できる人は見たことありません」
「リミッター魔法」
またまた聞いたことのない魔法。頭の中が混乱する。
「はい。強くなったら強くなった分の力を相殺してしまう究極の苦行魔法です。どんな戦士でも一月もせずに心が折れてしまうような無成長に思える修行を千年も続けたんですから尊敬に値します」
「はあ。無心で剣を振っていたのは事実だけど・・・」
意味が分からんぞ。全く自覚がない。時魔法も、リミッター魔法も習った記憶もないし、自分にかけた覚えもない。
「時間を操る時魔法も、力を操るリミッター魔法も最高難度の魔法で伝説の賢者レベルの魔法力を有する者にしか使えません。聖女である私の力を持ってしてもタト君が自分にかけたリミッター魔法のほんの一部しか解除できないほどの力です」
「全身全霊の力で打ち込んで木を一本切るどころか、傷一つ付けられない僕がですか」
もはや驚きを通り越してポカンとするしかない。
「試しにリミッター魔法をちょっとだけ解除してみましょう。そこにある折れた剣でも一刀で目の前の木を両断できるはずです」
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