やられっぱなしの僕が聖女様のナイトに選ばれたんだけど、リミッター魔法解除って何?強すぎなので怖くて本気が出せません。
坂井ひいろ
第一章 覚醒
001 やられっぱなしの僕
ヤクル村中学校の裏山。遥か彼方に見える王都の街の向こうに夕日が沈みこもうとしている。そびえ立つ王城も街を囲む巨大な城壁も、僕にとっては縁のない遠い世界だ。
美しい光景に背を向けて、僕は巨木を敵に見立てて、独り剣を振る。ただ、ただ無心に。
治り切っていない手の傷の下に新しいマメができて無残につぶれる。
激痛が背すじを駆けあがってくるがもう慣れた。
「毎日修行を続けているのに・・・」
強くなることを望む想いとは裏腹に、僕を見下ろすかのように立つ巨木は繰り出す渾身の剣をいともたやすく弾き返してくる。
カーン。
ついに握力が限界に達した。
「まったく強くなった実感がない」
僕は弾け飛んだ剣を茫然と見つめながら膝から崩れるように大地に寝ころんだ。
「もう限界かもしれない。才能を使い切った人間がいくら努力したって・・・」
我慢していた涙が一筋頬を伝い落ちる。いつの間にか日が落ち、頭上に輝く白い月が雲も無いのに霞んで見えた。
切った木を組んだだけの粗末な校舎の上に設置された古時計の鐘がヤクルの村に時を告げる。
ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン。
僕は空しく過ぎ去った時間を思い浮かべで焦りを感じずにはいられない。来月ガドリア国の王都で開催される『王立魔剣士高等学園、選考武術大会』に出場するには、ヤクル村中学校の推薦状が必要とされる。
ヤクル村は農業を中心とした百世帯もない小さな村だ。村立中学校の推薦枠はたったの一つ。明日の校内予選会でこの一枠が決定する。
チャンスは一度きり。人生を賭けた大舞台と言いたいが、予選に勝って推薦状を得たヤクル中学校の生徒で王立魔剣士高等学園に入学できた者はこの十年で一人もいない。
ガドリア王国の各地から実力者が集う選考武術大会なのだから、小さな村で一番なんてのは単なるおごりとも言える。名だたる貴族や冒険者の子弟でも、おいそれと入学できない王国民憧れの聖地。実力だけがものを言う王立魔剣士高等学園。
頂きとも言える学園に入学できれば、身分や出身など関係なく、最下層に暮らす僕のような人間でも人生百八十度変わるとまで言われる超エリート校だ。
「よう、黒髪のタト。こんな遅くまで木こりの練習か。精が出るな」
鉄剣で木を切る木こりなんかいるものか。また僕をバカにしに来たのか。
ニヤニヤ笑いながら僕に声を掛けてきた巨漢のクラスメイト。彼の名はビフ。あだ名は重戦車。十五歳にして身長二メートル越え。体重二百キロ。性格はわがままで傲慢。一度怒り出したら手が付けられない、村きっての乱暴者だ。
「タト、お前、まさか明日の予選会に出るなんて言い出さないよな」
ビフは僕の髪をわしづかみにして引き寄せる。体格が違い過ぎて抗うこともできない。
「しかし、つくづく面白い髪だよな。真っ黒なんて見たことない」
好きで黒い髪をしているわけじゃない。生まれつきなんだからしょうがないだろ。思わずカッとなったが言葉には出さない。
「放してくれ」
ビフは僕を地面に投げ捨てる。かわりに熊のような大きな手が僕の鉄剣を拾い上げる。彼の手に握られた僕の剣が子供のオモチャにしか見えない。
「おっと、こんな所にバターナイフが」
彼にとってはちっぽけな剣でも僕にとっては宝物のそれ。
「やめてくれ。それが無いと明日の予選会が・・・」
「はあっ。何か言ったか。ウヒヒ」
ビフはいびつな笑いを浮かべて、僕の剣の両端をにぎり力を込めた。
カキーン!
じっちゃんに頼み込んでやっと買ってもらった鉄剣が、小枝でも扱うかのようにたやすくへし折れた。
「僕の鉄剣が・・・」
「タト。心配するな。俺が王立魔剣士高等学園に入学したらお前を召使いとして王都に呼んでやるから。俺はこれでもクラスメイト想いなんだ」
「くっ・・・」
「なんだその眼は。嬉しくないのか。それとも何か。明日の予選会で俺に殺されたかったのか。まあ、それも悪くないが・・・」
ビフが僕のえりを掴んで軽々と引き上げる。僕の足が大地を離れた。僕は子供みたいに足を振って逃れようとするがビクともしない。
くっ、苦しい。えりが首を絞めて息ができない。
「タトよー。お前、中学に入ってから一度も勝ったことないだろ。負けっぱなしのやられっぱなし、オチビのタト君だものな。なまじ小学校の時に神童なんて呼ばれていきがってっから罰が当たるんだ。ホレ」
ビフは僕をボロ雑巾でも投げるかのように巨木に向かって投げつけた。この一年で益々怪力度がパワーアップしている。
グエッ。
ゴホ、ゴホ。
背中を強く打ち付けてしまい、咳き込んで声が出ない。
「おっーと。危うく殺してしまうところだった。王立魔剣士高等学園に入る前に犯罪者はマズいよな。明日の予選会まで楽しみは取っておくか。小学校の時にお前につけられた傷、いまでも疼くんだ」
ビフはボサボサの赤髪をかき上げ、額の古傷を撫でた。
ワザとじゃない。それに僕が直接つけた傷ですらないそれ。小学生の時にかくれんぼをしていて、魔物に襲われ慌てて木から落ちた時の傷だろ。ビフは未だにそのことを根に持って絡んでくる。
「けっ。忌々しい。それも明日で決着だ。王都に向かう前に貴様だけは殺す。覚悟しておけよ」
ビフは僕の額に唾を吐き捨てて去っていった。
口惜しさが僕の心に満ちていく。何でだ。ビフを襲った魔物を倒して助けてやったのはこの僕なのに、どうして逆恨みされなきゃいけないんだ。悔し涙がこぼれ落ちる。
ビフの言う通り、僕は小学校までは無敵だった。野山を風のように駆け回り、下級の魔物だって倒せる力を持っていた。それなのに・・・。
中学に入ってから全く成長しない。いや、むしろ退化したと言って良い。乱暴者のビフは愚か、今では女子にすら勝てない。毎月開かれるヤクル中学校の校内模擬戦の記録は全戦全敗。僕のホジションは剣術も魔法も学年最下位のやられっぱなしなのだ。
人の何倍、いや何十倍も修行しているのに・・・。
誰もが高みを目指す世界で、僕は完全に落ちこぼれていた。唯一の鉄剣すら失い望みの欠片もない。
「崖っぷちだな」
僕は再び大地に寝転んで途方に暮れるしかなかった。もはや立ち上がる元気もない。目を固くつむる。開いたら涙がとめどなく溢れて心まで折れてしまうから。
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