第二話 波乱

 丸山は社の中を見て、言葉を失った。物の怪の類が出たわけではないが、もっと珍しい物がそこにはいた。

 金色の髪に、夏の空のような透き通った蒼い目、それに富士山の雪のような白い肌をした男だった。要するに西洋人だ。

 そして数秒間沈黙のまま見つめ合った後、丸山はとりあえず太刀を相手に突きつける。

「動くな!!」

 と言っても西洋人は元よりピクリとも動いていない。

 それから丸山は、武器などを持っていないかと社の中をちらりと見渡した。だが中には何枚かの絵が描かれた紙と、筆とその他少々が散らばっているだけだった。

 その絵は丸山が今まで見たことがあるどの絵とも根本的に書き方が違うが、下手ではない。

「お前が描いたのか?」

 丸山が床の絵を顎で指し示し聞くと、西洋人はコクリとうなずいた。ここで一つ彼の中で疑問が生じる、何故西洋人相手に言葉が通じているのだ。

「言葉、分かるのか?」

 再び丸山が聞く、すると西洋人も再びコクリとうなずく。丸山は相手が言葉が通じる相手と分り内心、少し安堵した。

「ナメた真似は、するなよ。」

 丸山はそう言うと一旦、突き付けていた太刀を下げ、鞘にしまう。この西洋人の外見を見た印象では、背は丸山より少し高いが暴れられても武器無しで押さえられるという判断からだ。

「お前、名は何だ?」

「サシャ、サシャ クレール。」

 当然のことだが、丸山は聞き慣れない名だと感じた。

 ところで彼にはずっと謎だったことがある。どうして西洋人がこんな所にいるのかだ。徳川が将軍になってからはこの二百年近くの間、西洋人の入国は厳しく制限されているのに。

「ところで、ここで何をしていた。」

「絵を描いていました。」

「別に絵なら他所でも描けるだろう。別に入国が禁じられている、日の本に来なくても。」

 するとサシャは服の中から、クシャクシャになった紙切れを一枚取り出し、丸山に差し出した。丸山はその紙切れを受け取り、確認する。その紙には丸山も馴染みのある、紅葉の浮世絵が描かれていた。

「これがどうした?」

「こんな美しい絵は他所では描けません。私はフランスで絵描きをしていたのですが、ある時その絵を見てこの国に来ずには居られなくなったのです。だからそのために言葉も覚えて、」

 サシャが勢いよく話しだした所に、丸山が割り込む。

「つまりアレか。お前は絵を書くためだけに、見つかっただけで首が飛ぶ国にわざわざ忍び込んだのか?」

 すると途端にサシャの目が点になる。

「首が飛ぶって?」

「お前知らずにここまで来たのか?日の本は国外の人間の入国を禁じてる。だから密入国は多分即刻処刑だぞ。」

「そんなぁ〜。」

 サシャは床に両手をついて倒れ込んだ。まあ、当然の反応と言えるだろう。

 そんな中社の外から声がした。

「お侍さんこっちです。さっきこの道を物の怪のたぐいが、社へと歩いているのを見たんです。」

「物の怪だぁ〜。本当なんだろうなぁ。」

「本当です。あの金色の髪は、どう考えてもこの世の者じゃぁ、ありません。」

 声はまだかなり遠くから聞こえている。だが丸山は外の連中はサシャのことを言っていると、一瞬で理解する。もしサシャが侍なんかに見つかったらその場で切り捨てられるだろう。

「おいサシャ、持ち物をすぐに全部まとめろ。」

 丸山は声を少し抑えつつサシャに言い、開いたままだった社の扉を締める。サシャも理由がわかっているらしく、何も言わず床に散らばっているものを袋に詰めだした。

「これからどうするんですか?」

 サシャが丸山に聞く。しかし丸山は返事はせず、社の中を何か使えそうな物は無いかと見回す。すると奥の方にかなり大きめの酒樽が置いてのが目に入る。かなりきついだろうが、二人共入れないこともない。丸山は急ぎその樽のもとに行き蓋を開ける。

「サシャ、袋はその辺に置いておいて、この中に入れ。」

 サシャは音を立てないように歩いき樽の中に、三角座りの姿勢で入る。そしてそれを見届けると丸山も中に入り内側から蓋を締める。

「ちょっと、変なとこ触らないでくださいよ。」

 不意にサシャが言い出す。

「別に故意に触ったわけではない。だがこの中が狭くてな。」

 丸山は自分の手の位置を変えようとする。だが再び、

「アッ、アンッ、ホントに、アッ、やめてくださいって。」

 その時

バタン

 勢いよく社のドアが開かれた。そして外に居た二人が中に入ってくる。

「物の怪も、何もおらぬではないか。」

「いや、この目でしかと見たんです。」

 二人はあろうことか丸山たちの入っている樽の前で立ち止まった。そんな中、サシャは今にも声が出てしまいそうになっており、必死で両手で口を抑えている。

「見たも何も、現実に中には鼠一匹おらぬではないか。獣か何かを物の怪と見間違えたのではないか。」

「いやいや、そんな筈ございません。かれこれこの地で三十年近く暮らしてますが、黄金色の毛を持つ獣など見たことがありません。」

「まぁ、気が済むまで中を見ればよいがな。」

 だが、サシャの事など気にもせず二人は、話を続けている。そしてついにサシャに限界が来てしまった。

(アッ、アァッ、アンッ)

 かなり抑えはしたが、声を出してしまったのだ。

「お侍さん、今何か聞こえませんでした?」

 丸山とサシャの二人共が心臓の鼓動が急激に早くなるのを感じる。

「声?そんなのしたか?」

 だが運が良かったことに侍には、聞こえていなかったらしい。二人の鼓動は再びゆっくりと元の速度に戻っていく。

それから数分後

「なぁ、物の怪なんざ居ないだろう。そろそろ俺は帰るぞ。」

「置いてかないでくだせぇ。」

 やっと二人組は帰っていった。

 丸山が内側から樽の蓋を押し開け、外に出る。そしてサシャが出るのを手伝おうと手を貸すが、サシャは真っ赤な顔をしており、丸山の手を退けて自分で樽から出ようとし、樽ごと横に倒れてしまった。

「大丈夫か?」

 丸山は急いで起こそうとする。

「結構です。」

 しかし今度は強めの口調で断られてしまった。

 サシャが立ち上がってからふと丸山はあることを聞く。

「そう言えばお前、しっかりした寝床無いんじゃないか?」

 突然の質問にサシャは少し驚きつつ答える。

「ええ、無いですよ。」

「それなら、俺の家、一人暮らしには多少空きがあるから、何なら当分泊まらねぇか?」

 サシャはさっきより顔を赤らめて一瞬下を向き考える。そして数秒後。

「ありがとう、、、。」

「じゃあ、決まりだな。」

 それから丸山は自分の笠を脱ぎ、サシャに被せる。

「その髪はやっぱり、帰り道目立つからな。」

 それから丸山の家につくまでサシャはずっと赤面しっぱなしだった。

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