「どこか行くの?」

 よそ行きの支度をした私に、ラディがたずねた。

「町へドレスを受け取りに行くの。」

 昨日は、ラディはほとんど自室にいて、私がアイザックと作った焼き菓子を食べるか聞くまでランチすら取っていなかったっけ。

「町のドレスって、まさか叔父さん?」

 鼻に皺を寄せて言うラディに、少し笑ってしまった。

「気を付けてよ。あのひと、ろくな奴じゃないよ。」

 お客の私たちに勝手に選べって言っていたものね、と考えているとエントランスの方からアイザックの声がした。

「アロン、そんな急かさないでください!あ、こら、屋敷には入ってはいけませんと言っているでしょう!」

 アロンの蹄がドアを蹴る音が響いた。

「アロンがエマと会いたいんだ。じゃ、行ってらっしゃい」

 相変わらずドライ。仲良くなったとは思うけれど。アロンが今にもドアを蹴破りそうなので、エントランスへ急いだ。

「ごめんなさい。ラディと話していたの。アロンもお待たせ。」

 アロンの艶めく毛並みを撫でると、返事をするように鼻づらで私の肩をトンと押した。

 数分はアロンを撫で続け、興奮をおさめた。馬車は相変わらずピカピカに磨かれていて、まるで新品のようだった。中へ入ると柔らかいクッションが私の下半身を包む。

「さあ、やっと出発できます。約束には間に合いそうですが、少し急いでもらうのでこちらへ。」

 急に抱きかかえられたと思ったら、なんとアイザックの膝の間にすっぽり。これはなんと…コホン。


 アイザックは、私の髪を手できながら優しく語りだした。

「この数か月、あっという間でした。あのお二人がエマさんを連れて来た時はびっくりしました。ボロボロで自分が何者なのかもわからない。そんな女の子を私たち男三人の場所に迎え入れてよいのだろうかと、話し合ったのですよ。しかし、ラディアンがあなたを助けたいと絶対に曲げなかった。」

 そんな話し合いが繰り広げられていたなんて。ラディが頑張ってくれただなんて。

「ラディは、声こそ掛けなかったですが、貴女が寝ているところを心配して何度も覗いていたのです。イーサンはできる限り貴女のそばにいることを心掛けて…ふふ、これ以上はお二人に怒られてしまいますね。とにかく、今、貴女は一人じゃない。半永久的に、あのようにボロボロになることはない。もし、助けが必要な時は、心の中で三度アイザックをお呼びください。」

 外はいつの間にか、開けた道になっていた。もうすぐ橋に差し掛かる。アイザックの膝の上で前よりも景色がしっかり見えた。


 町の手前でアロンを止めると、いってらっしゃいと鼻先を押し付けてきた。

「アロン、お疲れ様。どこかでゆっくりしていてね。」

 そう語りかけると、アロンは森に向かって走っていった。

「エマさんは、時々大人っぽい表情をされますね。見た目は六つほどに見えますが。」

 そうアイザックが頭を優しく撫でるから、少しくすぐったい。子どもっぽい表情を研究した方がいいかしら。アイザックの手をきゅっと握ってみた。何も言わず優しく握り返してくれるアイザックは、なぜかとても嬉しそうだ。

「さて、行きましょうか。はぐれないように気を付けてくださいね。」


 寄り道をアイザックに制されながら、フェルディナンドさんのお店に着いた。ドアを開けるとフェルディナンドさん—間違えた、ネルさんが頭を掻きながら顔を出した。

「んあ?お前らか、おっせーな。待ちくたびれたぞ。」

うわあ、すっごい嫌そうな顔。

「すみません、エマさんの好奇心が旺盛でして。キラキラした目をされるとどうも弱くて。」

だって、カラフルな珍しいお花とか美味しそうなスイーツとか、全部綺麗なんだもん。

「ま、幼児はそういうもんだよな。お守りご苦労さん。ほら、頼まれてたドレスだ。子ども用は縫う幅が少なくて楽だったが、細けえのなんの。ちょっとそっちで着てみろ。」

なんだかんだ優しいし、ダンディな容姿と声は素晴らしい。着替えてカーテンを開けるとネルさんが近づいてきた。

「偉いな、一人で着られたか。ここを、こうした方が…ほい。」

意外と優しい手つきでパパっと直してくれる。

「あ、ありがとうございます。ネルおじさん。」

私がお礼を言うと、ふいっとそっぽ向いてしまった。そんなネルさんを見て、アイザックはクスっと笑った。

「子どもにお礼言われて照れてしまうなんて、らしくないですよ。フェルディナンドさん。お代はどれほどでしょう。」

アイザックさん、お財布、分厚くない?一体このドレスたちいくらなの?2020年でいうとオーダーメイドだもんね…高いよね。

「クッソ、その名前で呼ぶんじゃねえよ。おい、エマだっけか。俺が作ったドレス、気に入ったか?好きか?」

アイザックを睨み、私に視線を向けた。

「はい、とっても!」

本当に可愛いドレスばかりだった。この人の技術、すごいんだろうな。

「そうか、初めてだから5割でいいぞ。次は満額もらうからな!」

そう言いながら伝票に書き込んで、アイザックに渡した。

「どうされたんですか、ネルさん。とてもありがたいですが、良いのですか。」

アイザックも少し戸惑うほど珍事件なの。

「まあ、子ども用は布も少ねえし、初めてのドレスだろ?思い出にしな。」

このダンディ、さては子ども好きだな。


 

 店から出ると、アイザックさんは休憩して帰りましょうと私に手を差し伸べた。

「ここにしましょうか」

手をつながれ、どこにも寄り道できなかったなあと見上げると、綺麗なレンガ作りのバーのようなカフェのような吹き抜けの建物だった。

子どもがいることで気を遣ってくれたのか、ソファ席に通された。

「エマさん、なにか飲みますか?ケーキもありますよ。」

ラディのおかげで、文字が多少読めるようになった私は、壁に掛かったメニューボードを凝視した。色とりどりのスイーツやドリンクのイラスト、読めるけど意味が分からないもの。

「どこからがケーキ?ここは飲み物?」

アイザックにききながら、なんとか頼んだのはお花のお茶とアイザックおすすめのケーキ。

どんな味なんだろう。


「わあ…!きれい!これもすごくいい香り。」

頼んだケーキは、いろいろな宝石のような果物が所せましと乗っているフルーツケーキ。お茶はふんわりと花が香る。桜のようなでも少し違う、きっとこちらのお花。

「エマさん、いつも果物や花を見て走っていくでしょう?それで先ほど、このケーキを思い出したんです。」

この人はどこまですごいのだろうか。ケーキを口に運ぶと、口の中に甘酸っぱい果物が広がる。生地はふわふわで甘さ控えめだから、果物の味が引き立つ。

「アイザック、この赤いのはなに?これは青いのね!」

興奮気味に一つずつ見る私を、アイザックは優しい目で見つめる。

「この赤いのは、キイチゴの一種です。青いのは—」

一つ一つアイザックはすべてに答えてくれた。


帰り道、ケーキに乗っていた果物を少しずつ買って帰ることに。

「これは少し酸っぱいですが、ジュースにするとおいしいんです。あのお二人もこれは飲まれますよ。実は、アロンも。」

心なしか、アイザックも楽しそうで私は自然と口角が上がった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

転生少女は人外と恋をしない(仮) 尾崎 英琳 @0er1n_897

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ