私が此処に来て十日ほどが経った日—


「あ!君!そこの君!」

アロンの体をイーサンと洗っていたところに、突然、銀髪の青年が飛び込んできた。驚いたアロンが威嚇するのを気にも留めず、向かってくる姿にどこかで見た記憶があるようなないような。と記憶を巡らせた。

「エマ、知り合いか?…アロン、落ち着け。な?」

イーサンがアロンを宥めながら尋ねてくるが、私がききたい。

「えっ、イーサンのお客さんじゃないの?私こっちで知り合いなんていないわ。森を出たところに住んでるおばあさんくらいよ。」

「あんな知り合い、俺にもラディにもいないぞ。」

コソコソと話していると、目の前に金色の瞳が輝いていた。

「君に会いたかったんだ、僕は!」

びっくりして言葉が出ない私から、イーサンが青年を引き離そうとしていた。

「おい、どこの誰だ。少し離れろ。」

「ああ、すまない。自己紹介をしよう。」

青年は、着ている白いジャケットを正し、咳ばらいをした。キラキラとしたオーラに圧倒されるも目は吸い寄せられていく。

「僕はシャルル――。」

「ッ?!」

彼が名乗るとイーサンが息をのんだ。彼の容姿に目を奪われ私は名前を聞き逃してしまった。

「イーサン、やっぱり知り合い?」

「いや、知らない。はじめまして、俺はイーサン。この屋敷の主だ。」

「よろしく。僕は君を見たことがあるよ。」

「さっきからなんなんだ?」

イーサンが私の盾になるように立つので私は顔だけ出した。

「会ったことあるかしら?」

ルイスは困ったように、だが、面白そうに眉を下げ口角はずっと上がっていた。私たちを見たことがある…私がちゃんと町で人と触れ合ったことなんて、この前服を買いに行ったあの日くらい…。

「お二人ともひどいなあ。町のはずれの雑貨屋で君にカトラリーセットを棚から取って差し上げたのはこの僕。そしてイーサンくん、君はこっそり時計を買ってたね。」

イーサンが誰に時計を買ったかも見透かしたような口ぶりだ。

「カトラリーセット…」

「そう、近年の学者たちがこぞって目指す星々…宇宙といったかな。そんな模様が持ち手に入っているもの。」

詳しく覚えていすぎて少し引いたが、思い出した。あの時はまだこちらの景色やモノが珍しくて人なんて双子の伯父様しか覚えていない。

「思い出した!あの時はどうもありがとう。でも、一瞬だったのによくわかったわね。」

「そりゃ君みたいに—」

ルイスが言い終えるまえにイーサンが割って入った。

「それで?結局なんの用だ?誰にこの場所をきいた?」

聞いたことのない凄みをきかせた声だった。警戒心に嫌悪感を上乗せしたようなこんなイーサンは見たこともない。喧嘩になるかとハラハラ見ていたところに、相も変わらず気配を消したアイザックがアロンの脇から二人に声をかけた。

「イーサン、お客様ですか?」

「「うおっ」」

二人ともさすがに驚いたようで目をまん丸にしていた。ルイスは眉をきゅっと上げるとアイザックに向かってうやうやしく礼をした。

「どうもお邪魔しております。シャルルと申します。ラストネームは…」

「キャベンディシュ、ですね?」

アイザックは、あの、見透かしたような笑顔で言うと、ルイスは片方の口角を上げ

「ええ、よくわかりましたね。」

と冷たい声色で言う。

「その髪と目の色、そして貴方のことも風のうわさで耳にしたことがあります。私はアイザック。こちらの方々にお仕えしております。」

 イーサンを見ると、合点がいったように納得した表情をしていた。まってよ、わかってないの私だけじゃない。少しむくれていると、イーサンは私の頭にポンと手を置きこそっと教えてくれた。

「まあ、お貴族様だ。しかもなかなか大きい家柄の。」

なるほど、敵ではなさそう。たぶん。

「立ち話も疲れるでしょう。中でお茶でもどうです?」

アイザックがどうとジェスチャーをするが、シャルル

は驚いた顔をして断った。

「また今度にするよ。またね!あ、君の名前をきくの忘れた。最後に教えてよ。」

どうにも綺麗な瞳で見つめられると弱い。

「エマです。」

「エマ、またね!!」

これはまた人たらしな笑顔。手を振り返して彼が見えなくなると一気にその場の緊張感が解けた。

「それにしても、なぜ此処が…。アイザック、後で話がある。」


 たぶん私の知らないこの世界のことなんだろうなと少し寂しくなった。彼は貴族だというけれど、なぜ私を探しにやって来たのか、なぜイーサンたちは彼の名前を聞いたときあんな驚いたのか。いつか教えてもらえるときが来るのだろうか。


 その夜、アイザックとイーサンはいつも通りのようだったけれど時折、眉間に皺を寄せたり考え込むような素振りを見せていた。そんな二人を見てラディはため息をついて私の耳もとで尋ねた。

「二人ともなにがあったの?」

「この前街で会ったシャルルって男の子が訪ねて来ただけよ。」

そう答えただけなのに察したように、ふうんとだけ言うと自室に戻ると言ってダイニングを出て行った。私もなんだか気まずいのでテーブルを立とうとするとアイザックに声をかけられた。

「エマさん、明後日また街に行きませんか?エマさんのドレス、できあがったようなので。」

ドレスなんて注文した覚えはないし、なんならこの前買ったもののローテーションでじゅうぶんだ。

「注文なんてあの時してない…ですよね?」

「ええ、していません。ですが」

アイザックはそこでククッと愉快そうに笑った。

「あの方、張り切ってしまわれたようでイーサンとラディには秘密であなたのドレスだけ新しく作っていたんだそうです。気に入られたのですね、エマさん。」

「よくわからないですが、嫌われるよりいいですね。」

どう言ったらよいのかわからず微妙な言い方をすると横で何かを書いていたイーサンが突然笑い出した。

「あのおやじ、可愛い子を見るとどうしても見栄を張る。ありがたく受け取ってやった方が喜ぶぞ。」

可愛いですって。最近、みんなと笑ったりアロンと駆けまわったり、美味しいご飯を食べて健康的になって、この身体の本気が出てきたようなのだ。私も鏡を見る度美人がうつるので他人事のようにキュンキュンしている。パサパサだった髪も艶が出て綺麗にウェーブして揺れるとキラキラする。

「最近、エマさんは一層淑女レディらしくなってきましたし。」

これは、淑女だからアロンと走り回るなと遠回しに牽制されてる?

「社交界に出向くことがあればマナーを学ぶのですが、私たちがこの屋敷に住む限り縁遠いことですから、そんな構えなくても大丈夫ですよ。」

良かった、頑張らなくてもいいみたい。

「明後日、楽しみ。イーサンも一緒よね?」

イーサンのほうに顔を向けると書き物を終えて蝋で便せんに封をするところだった。手紙だったようだ。

「残念ながら用事があって一緒には行けない。西の町に行くからそこの美味しいものでも買ってくる。明後日のディナーはそれにしよう。そんな顔をするな、楽しんでくればいい。お互いの土産話で盛り上がろう。」

不安が顔に出てしまっていたようだ。やっぱり、イーサンは大人ね。

「わかったわ!いろんなものを、この目に焼き付けてくるわ。伯父様ともお話しできたらいいのだけど。」


明後日は、また、なにか新しい体験があるのかも。いつの間にか、この世界でのできごとが少し楽しみになっていた。




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