おまけ だって離れられなくて

「んぅ……いま…何時だ……?」



ベッドの上でもぞもぞとやりながら、寝起きのリオは小さな一人言を呟いていた。

寝惚け眼で置き時計を確認しようと首を動かすが、何故だかいつもの位置に時計がない。

億劫そうにあくびをしながら、首と視線だけで時計を探し……ようやく、壁にあった掛け時計を確認できた。



ぼやけた視界で針の位置を見て、リオは静かにため息を零す。

……ずいぶんと、変な時間に起きてしまった。

いつも通り朝ごはんの支度をするには、少し早すぎる時間。かといって二度寝をするには短かすぎる、どっち付かずの早起きだ。



「っ……いて……。」



不意に、鈍い痛みがリオを襲った。

体の節々が、じーんと軋むように痛んでいる。

顔を歪めながら、少しずつはっきりしてきた意識で自分の体勢を確認する。

…慣れない横向きの姿勢、枕代わりに一晩中頭を載せていたらしい腕。

ずいぶんおかしな姿勢で寝ていたものだ、とリオは自分に呆れ笑う。

むしろよく眠れたな…などと思いながら。



「………ん?」



ふと、リオは視界に違和感を覚えた。

…なんとなく、部屋の内装がいつもと違う。

可愛らしいペールトーンカラーの壁紙、少し低めの家具類に、所々に配置されたぬいぐるみ……。

――なんとなく、状況が理解できた。

と同時に、恥ずかしさがこみ上げてくる。

もしかして、俺は―――




「ん……んむぅ……」



どきり、とリオの心臓が大きく跳ねた。

自分の胸の下辺りから、むにゃむにゃと声が聞こえる。

…そっと、掛け布団を捲ってみれば。

両手を胸の前で折り、赤ちゃんのような丸まった姿勢で、フィユがすやすやと眠っていた。


…やっぱりだったか、とリオは思う。

昨日フィユをベッドで寝かしつけて、そのまま部屋に戻らずに自分も眠ってしまったのだ。

…恥ずかしいような、情けないような……

リオの頬がかあっと熱を帯びてくる。



(誰にも見つかってないだけ、まだマシか…。)



…こんな姿を見られたら、ユナあたりには間違いなくからかわれるだろう。容易に想像できる。

最年長という立場の手前、クートに見つかるのも居心地が悪い。無論、このままフィユが起きてしまっても気まずくなりそうだ。


…だが一番は…



「主に見られたら、子どもっぽいとか思われるのかな…」



…ティアに見つかってしまうのが、一番恥ずかしい気がした。

年上のくせに、ぽやぽやしていて危なっかしくて、自己管理も下手なやつだから…自分の方がしっかり者でいたい。ティアの前では、子どもっぽいところを見られたくなかった。



「…やっぱり、起きるか…。」



結局のところ、それが一番良い気がした。

二度寝して、朝食を作る時間に寝坊するのも良くない。コーヒーでも淹れてゆっくりしていよう…。

そう思い、のそのそとベッドを出ようとしたときだった。


きゅっ、とパジャマの裾をフィユが掴んできた。


驚き、まさか起きていたのかとフィユに視線を落とす。

…けれどその瞳はまだしっかりと閉じられ、すぅすぅと寝息も聞こえる。無意識に、あるいはずっと前から、裾は掴まれていたのだろうか…。


自分が起きたときも、フィユはいつの間にか自分の体にくっつくようにして眠っていた。…人肌が恋しいのだろうか。…そう思うとなんとなく、この手を振りほどくのは抵抗があった。



…少しの間、ベッドの上で思案して。

リオは一度、掛け布団の中へ戻った。

毛布に包まれて、ぐっすりと眠るフィユがいる。

小さく丸まったその体を……リオはぎゅっと、包むように抱きしめた。


ロップイヤーの兎耳が、ふわりと体をくすぐる。

ぽかぽかのフィユの体温で、全身が解すように温められていく。布団の外が張り詰めた冬の気温であるだけに、フィユの暖かさが格別に思えた。


そっと、フィユの表情を覗きこむ。

変わらない、安らかな寝顔。何の心配事もなさそうな、赤ちゃんのような寝顔。

…けれどリオの温もりを感じたのか、その表情が一瞬ぽわ、と柔らかく緩んだ気がした。



……気がつけば、フィユはさらに深い眠りに落ちたようで。

リオの裾を握っていた手も、いつの間にか開かれていた。



安心したように、ふっとリオは笑みを零す。

これでようやく、自分も布団を出られる…。

今度こそ起き上がろうとしたとき、リオの口から一度大きなあくびが零れた。

…ずっと、暖かいフィユを抱いていたせいだろうか。

うとうととした眠気が、また襲ってきた。

…駄目だ、今寝たら朝食までに起きれない。そう思う一方で、リオの腕は暖かなフィユを離せなくなっていた。



「……あと、5分だけ……」



誰に告げるでもなくそう言って、リオの意識は再び夢へと落ちていった……。




ーーーーー





「ん……ふあぁ……」



微睡みから、フィユがゆっくりと目を覚ます。

小さな口を開いてあくびをし、眠い目を擦りながら、うとうとと壁の掛け時計を確認する。



「わ…ちょっと早起きしすぎちゃった。」



…何故だか今日は、いつもよりぐっすり眠れた気がする。

そのせいか、ずいぶんと早起きをしてしまっていた。




「ってあれ、リオお兄ちゃん…!?」



不意に隣を見て、フィユはびっくりした声をあげた。

フィユと同じベッドの上に、気持ちよさそうに寝息をたてて眠るリオの姿があったのだから。

…そういえば、今日はずっと何かに守られているような安心感があった。温かくて、包んでくれるような…きっとそのおかげで、ぐっすり眠れたのだろう。


…なんとなく、体には感覚が残っている。

大きな体で、ぎゅっと抱きしめてもらっていた感覚が。

もう一度、フィユは横で眠るリオを見つめて――



「リオお兄ちゃんが、ずっといてくれたんだね……ありがとう。」



――そっと、今度はフィユから抱きついた。

リオの方が背も高くて、抱きしめるのは難しいけれど。

構わずにぎゅうっと、精一杯優しくハグをする。



「えへへ…リオお兄ちゃんあったかい…。」



ふにゃっと頬を綻ばせて、フィユの意識もまた少しずつ、眠りの世界へと戻ってゆく…。


リオのことを、ハグしたまま。

その温もりで、リオをより深い眠りに誘いながら……。





――――――――――――――――――――

今日がベッドの日と聞いて、思わず妄想したリオフィユ添い寝の続き。

お付き合い頂きありがとうございました。

次回こそ第2話開始、のつもりです。




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