忍風

奴国の三猛将が一人、戦術指南役のイナトが使用する韋駄天走いだてんばしり出雲神流いずもしんりゅうという出雲大国いずものおおくにを発祥地とする忍集団の用いる忍術であるが、出雲が滅びた後も足並み十法と名前を変えて脈々と受け継がれてきた。


出雲神流の忍術の習得は世に存在するあらゆる体技の中でも最高難易度と言われ、特にその技の一つである韋駄天走に関しては修業の内容も過酷を極めていた。



まず修業者は自らの履く草履の踵に長さ三寸の太く尖った杭を打ち込み、奥義習得に至るまでの間何時いかなる時もその草履を履いて過ごすことが義務づけられている。


これは端的に言えばつま先立ちの強制が目的である。


そして草履を履いた状態で距離にして五十里の野原を駆け、高さにして二丈の木々を飛び越えられるようになって初めて韋駄天走の基礎が出来上がる。


踵をつこうものなら杭は踵に深々と突き刺さり肉骨を貫くことになるため一瞬の気の緩みが致命傷になってしまう。

事実その傷が原因で傷口に菌が入り破傷風を起こして歩けなくなった者や死んでしまった者なども多く、険しい修行を耐え忍び出雲神流の忍になることが出来るのはほんの一握りだった。



イナトの家は代々王族に仕える出雲神流忍者の家系で普段は狩人として逃げる獣襲う獣を仕留める傍ら、忍の修行に明け暮れ有事の際には王族の守護に回った。


例え草履に杭が食い込もうが血が滲もうが修行は修行。

いかなる状況であっても獣は待ってはくれない。

獣を一匹も狩れなければその日は冷や飯にすらありつけないため歩けなくなるまで獣の行方を追う日も少なくなかった。


何度も狩りに失敗し生死の狭間を幾度となく彷徨い忍び耐えた末に会得した秘術はイナトに狩人として無類の力を授けた。


初歩目でほぼ最高速度に到達する常人離れした脚力と抜き足を融合させた低音移動術を用いればあらゆる動物の足をも抜き去り反撃も許さぬままに仕留めるのは意図も容易いことである。



ではこの韋駄天走を動物相手ではなく人間相手に用いた場合はどうか。


忍の術は常人からすれば妖術も同然で、彼らはそよ風のようにどこからともなく現れ瞬く間もなく兵の身首処しんしゅところことにする鎌鼬かまいたちの風になり戦場に吹き荒れた。


そこにいると気づいた時には既に首を飛ばされ死んでいる。


まして兵の怒号が轟く乱戦の中、一陣の風を掴むのは物理的にも不可能であろう。


既に出雲王朝いずもおうちょうは滅び、出雲神流の忍の在処が根こそぎ闇の中に葬られてしまった今、倭国大乱の時代に彼らが存在していたことを確かめる手段は無いに等しい。


一つだけ確かなことがあるとすれば出雲王朝が栄華を極めたのは偉大な権力者とイナトのような厳しい戦闘訓練を積んだ屈強な兵の存在があったからであるのは疑う余地のない事実である。






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