遊戯
奴国王の住まう屋敷から南に離れた所に
そこでは戦術指南役のイナトの指導の元、将来立派な奴国の兵となるべく訓練生の子ども達が日夜訓練に明け暮れていた。
奴国では十二歳を超えなければ奴国の兵にはなれない。
それまでは訓練生として演習を受けなければならないのだ。
泰平の世の子供が学ぶのが学問であるのなら、戦乱の世の子供が学ぶのは戦術である。
まず訓練生の子ども達は早朝より目覚め、家の手伝いをそこそこに山の麓の演習場に集まるとイサナの指示で4、5名程の班を作る。
そして鬼遊び、相撲等といった童遊びを日が暮れるまで一通り行った後、班ごとに陽の飯を食らい一日を終える。
一見すると何ら特別なことはしていない。
それどころかただ子供達は遊んでいるだけのようにも見える。
ところがこの一連の行動には演習の考案者である戦術指南役イナトの思惑があった。
まず鬼遊びでは体力と駆け引きを、相撲では筋力と身のこなしを鍛えることが出来る。
このような体を使った遊戯は常に動きっ放しの戦の環境と非常によく噛み合っており、本番さながらの演習が可能となる。
無論これらの遊戯を日没まで行えばかなりの運動量にはなるが、表面上は兵役ではなく遊戯の体裁を保っているため当の本人らに飽きや疲労が感じにくいようになっているのだ。
更に班ごとに行動を取らせることによって子供は班の中での自分の役割を見つけると同時に仲間との連携を意識するようになり協調性を自然と学ぶようになる。
それに加え、極め付けは同じ釜で炊いた陽の飯だ。
一日班として行動を共にした子供達がその日の終わりに食事をすることでよりお互いを知り、更に班員同士の絆は天井無しに深まっていく。
結果的に子供達も積極的に他者と関わる楽しさを学んで将来戦場に立つ兵同士の絆はより強固なものになり、更に人の輪を広げていく。
翌日には再び班員を総入れ替えし、違う子供同士が班を組み再び演習を行う。
これを毎日のように繰り返すのだ。
大人達は何もしていない。
ただ機会と遊び場を与えただけだ。
単純かつ優れた仕組みであるが故に一度基盤を作ってしまえばあとは間違いが起きぬよう見守り適度に指導をしてやればいい。
それだけで子供達が勝手にコミュニティを作り勝手に成長してくれる。
現代に残る童遊びの起源は全て戦多き時代の中で考案された兵法の基礎だったという説がある。
奴国は一早くそれを見抜き自国の仕組みに導入していたのだ。
しかしイナトには一つ悩みがあった。
それは天狗となってしまった少年のことである。
「両者見合え見合え」
がっしりとした体型の農民の子と向かい合う少年は国王イサナの息子、メイであった。
両者拳をつき、腰を浮かせたまま行司の号令を待った。
「はーっけよーい!のこったっ!」
「おりゃぁぁぁぁぁぁ!」
農民の子は自分の体型を生かしメイに向かって突進を仕掛ける。
どうやらこの勢いに任せて土俵の外へ追い出すつもりらしい。
体格はメイよりも一回りも大きくこのまま突進を食らえばただではすまない…ように見えた。
メイは避ける素振りを見せず、更に腰を深く落とし受け身の態勢に入った。
どうやら突進を受けて立つつもりらしい。
「ふんっ!」
ついにぶつかり合う二人。
肉と肉のぶつかり合う鈍い音が周囲に鳴り響く。
ところが驚くべきことにメイは相手の突進を左手のみで完全に止めていたのだ。
「なっ!?」
呆気にとられる相手を他所に空いた右手で張り手をしようと前に伸ばされた手首を掴み上げ、一本背負いを決めた。
大きく美しい弧を描いた農民の子はそのまま勢いよく土俵に叩きつけられる。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
「そこまで!」
「参った…なんと鮮やかな一本背負い…」
「へっ、俺に勝とうなんざ百年早えや!」
「さっすがメイ様だぁ。オラ達じゃ組み手相手にもならんばい」
「お前らとは身体の出来が違うんだよ」
メイは生まれながらにして自分の体格以上の人や物を軽々と持ち上げる親譲りの怪力を有していた。
武もさることながら知にも長け、相手の動きを先読みし最善の一手を繰り出す才気に満ちた少年。
それがメイだった。
しかし同期の中で並び立てる者が居ない今の環境が少年にとって一番の不幸となる。
才能を持て余し燻り続けた野心を生み、少年の鼻を更に天狗にした。
幼少の頃は虫一匹殺せない心の優しい子であったが次第にわがままで荒々しい性格が表面に出るようになる。
次の奴国の王は自分だ。
その座をより強固のものとするにはやはり自分も一刻も早く戦に混じり武勲を挙げる必要がある。
しかし奴国の決まりで正式に入隊が出来るのは十二歳から。
メイの年齢ではあと二年は待たねばならなかった。
それがメイには堪らずもどかしかった。
「これは難儀ですねぇ…」
これではメイは立派な武人にはなれない。
ましてや人の上に立つ王になど…
謙虚さを失った人間には増長があるだけで成長はないことをイナトは誰よりも理解していた。
戦とは班を組み集団で行うもの。
己の実力を過信した天狗など格好の的なのだ。
相手は自分の恩人のせがれ。
なるべく手荒な方法は使いたくはないが。
この子の将来を案じるならば。
折らねばなるまい、天狗の鼻を。
「オレに挑むものはいないのか?もう終わりか?」
「では僕が相手をしましょう」
イナトは縄で囲われた土俵の前に立ちメイに言い放った。
「イ、イナト様!?」
奴国の三猛将が相手ならば相手にとって不足はない。
自分の強さを証明するんだ。
父上に、姉上に、奴国の民に。
「……面白え」
これまでにない程メイの胸中には高揚感が溢れていた。
「僕に勝てたら特例としてメイ様の奴国兵の入隊を認めましょう」
「約束だな?」
これはメイを誘う為の餌。
こうすればメイは乗ってくれると踏んでの条件だ。
そして案の定乗って来た。
「ええ…もちろんですよ。鍛錬しながらの手合わせでよろしければ……ね」
イナトは右足を左足のふとももの位置で綺麗に十字に曲げ、体の全体重を左足の爪先のみで支えている。
「な、なにをしとっとー!?」
軸足となる左足の爪先のみでの直立であるがイナトは微動だにせする気配はない。
恐ろしいほど鍛えられた下半身と体幹があって成せる技である。
「僕は片足を曲げたままでやります。あっ、遠慮はいりませんからね?どうせ負けませんので」
「な…舐めてるのか!」
「鍛錬の一環ですからあしからず。ちなみにルールは同じですよ?足の裏以外が土俵に触れるか土俵の外に出たら負け。僕の場合は右足が土俵に着いた場合も負けとします」
どう考えても自分を舐め切っている。
その飄々として掴み所の無い態度がメイの神経を逆撫でした。
「後悔しても遅いぞ!」
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