猛将

ミコトの預言のあった翌朝、イサナは奴国なこく三猛将さんもうしょう陽神鏡ひしんきょうの収められている宮室に集めた。


「よう、朝っぱらから集まって貰って悪いな」


奴国の三猛将とは総勢四千名の奴国兵の頂点に君臨する三名の兵である。

この武勇たるやまさに猛将の名にふさわしき豪傑で、猛将一人いれば百人分の武勲をたてるほどだったという。


「ほんとじゃで。今日は市場に愛娘を連れ出してやろうと思うとったのにのぉ」


千人長せんにんちょうのガオウ。

力強く生え揃った武将髭と根菜のように太く膨れた鷲鼻が特徴的な大男である。

イサナの幼なじみでありかつて国王の座を取り合った喧嘩仲間でもあった彼は国士無双こくしむそうと称されたイサナと唯一並び立てる実力があるために国王イサナ陽巫女ミコトに次いで権力がある。


「まぁそう言うな。話終えたらすぐに解散にするからよ。ほら、これでルコちゃんに後で美味いもんでも食わしてやんな」


「うぉ!砂金!かたじけねぇ!んで話とはなんじゃ?何でも応じようぞ!」


イサナがガオウに投げたのは米粒程の大きさの砂金だが市場で取引される代物の中ではかなり高価なもので大概の品と交換が出来た。


「全く…がめついおじさんね」


弓兵隊長きへいたいちょうのヒノ。

弓矢を携えた後方支援部隊——弓兵隊きへいたいの長を務めるヒノは、奴国なこくで唯一の女性の兵である。

彼女は遥か先の川のせせらぎですら聞き取れるほどの耳と、闇夜でも昼間同然に見通せる優れた眼を持っていた。

その優れた身体能力を用いて如何なる動物の急所も一撃で射抜くヒノは奴国なこく一の弓の名手として他国からも恐れられていた。

元は国無しの狩人であった彼女だが、イサナにその弓術の才を買われ奴国お抱えの傭兵となったという経緯がある。


「僕はガオウ様のそういう欲望に正直な所好きですよ」


戦術指南役のイナト。  

敵兵の撃破数のみで言えばガオウとヒノをも凌ぐ戦果を挙げる武勲者であり、歳の程は十五と若いながらも奴国兵なこくへいの戦術指南役を務める戦術の麒麟児。

端正で中性的な容姿をした色男だが、それとは裏腹に下半身が異常に発達しており低音高速走法——韋駄天走いだてんばしりを使いこなすイサナの懐刀である。

元は出雲大国いずものおおくにの出身であったが禍国まがこくに滅ぼされ行き倒れていた所を奴国なこくの民に助けられたことから奴国なこくに対しての愛国心が強い一面もある。


三猛将の出生を見ても分かる通り奴国なこくの民は生まれも様々で元から奴国なこくの出身の者もいればその実力を買われ奴国なこくの民になった者、自国から亡命してきた者などもいて実に様々な生まれの人間が太陽の光の元に奴国なこくに集ったのである。


「ゆうべ陽巫女ひみこを通して陽神ひのかみから預言があってな。今から一月後、禍国まがこくとの大戦おおいくさを迎えるらしい」


「ま、禍国まがこく!?」


「勝算はあんのか?ナギよォ」


「んーや。お前らも知ってるとは思うがミコトの体調は日に日に悪くなってる。もう今までのように陽巫女ひみこの力は使えない。はっきりいって状況は最悪だ」


「じゃあ陽巫女ひみこの力無しで禍国まがこくと?無謀過ぎるわね」


禍国まがこく出雲大国いずものおおくにを滅ぼし、百済くだらとの貿易の盛んだった出雲いずもの港を丸ごと奪いとった。自国にデッケェ鉱山もあるためか百済くだら由来の鉄製武器や防具がわんさかあると聞くぜ」


「兵力に関しても此方が四千に対し彼方は一万ニ千。故に三倍の兵力差があるわ。現状最も天下統一に近い国と言えるわね」


「俺は国王だ。だからこそ敗戦まけいくさは出来ん。勝つと決めたら絶対勝つ。禍国まがこくが如何に強かろうが、奴国おれたち太陽くにを落としちゃならねぇ。そこでお前らに頼みがある」


「此度の戦は俺に先陣を切らせてはもらえねえか?」


「!?」


三猛将に緊張走る。

先陣は戦場において命の奪い合いの熾烈な最も死の危険が伴う場所。

剣矢斧槍が無尽蔵に飛び交う先陣をあえて志願するなど自ら死にに行くようなものだ。

ましてやそれが禍国まがこくであれば尚更である。


「正気かよおめぇ」


「いけませんイサナ様!これは小国の小競り合いとはわけが違うんですよ!やっぱり僕は禍国まがこくとの戦には反対です!あの国だけは…絶対手を出してはいけません!」


「ミコトに言われたんだ。俺が戦の先陣を切ることで後に続く兵が臆する無く立ち向かっていけるってな。例えそれがどんな強国であろうとも俺は自分が定めた王道を貫き通す」



「しかしイサナ様…」


「イナト…一番お前が禍国まがこくがどういう国かを理解しているはずだ。あの国で人間でいられるのは王族だけ。それ以外は人とも見なされず過酷な採掘労働を強制される。労働力と見なされなければ野垂れ死に、逆らえば問答無用で死罪だ。俺はもうそんな奴らが支配する天下なんざ見たくねえんだよ」


「しかし…」


「恐怖があるのは当然。でもいつかは戦わなければならない相手であってその時がちょっと早まっただけだ」


「王であるあなたの役目は生き残ることよ。もう奴国このくには十分に力をつけた。もう王が矢面に立って危険を侵す必要なんて無いわ」


「それは奴国兵おまえらも同じだろ?奴国なこくの教えにもある通り、全ての生命は生々流転せいせいるてんの元、等しく平等なんだ。身分なんてただの役割に過ぎない。王だって国を失えばただの人、死んでしまえばただの骨だ」


「ナギよぉ…おめえ本気なんだなぁ?」


「あぁ。此度の戦の総指揮はお前に任せるぞ、ガオウ」


「けっ、つまんねえ役押し付けやがって。まぁ儂は優しいからよぉ。おめぇに死に花くらい咲かせてやるよ」


「死なねえよ。禍国兵やつらはみーんな俺の獲物だ……ちょうどめしが炊けたようだな」


宮室の囲炉裏で先程から土鍋で何かを煮ていたようでイサナが土鍋の蓋を開けると白い湯気と共に赤い梅の入った米粥が出来ていた。


「願掛けのめしだ。此度の大戦、絶対勝つぞ…いいな?」


めしとは奴国なこくに伝わる伝統料理である。

土釜で炊いた米粥に太陽に見立てた紅梅を入れた飯を位の高い順にお碗によそっていく。これは同じ釜の飯を共有することでお互いの絆を深め、太陽との一体感を高めることが目的だ。

奴国なこくでは戦前いくさまえの願掛けや夫婦めおとになる男女同士の婚礼の場で食されたりと神聖な儀式的な側面の強い料理である。


まず王であるイサナに最初に陽の飯が盛られ、次に千人長のガオウ、弓兵隊長のヒノ、そして最年少であるイナトへと陽の飯が行き渡った。


陽神ひのかみの祝福あれ」


大戦おおいくさの日は近い。

時代のうねりは更に加速度的に広がっていく。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る