第五転-路地裏の冒険。

「まったく……小学生に電車賃ねだる大人なんておじさんくらいだよ」



「わりいわりい! 今月は500円だけで乗り切らなきゃならん状況なんでな! その調子で夕飯も奢ってもらってやってもいいぞ?」



「それが奢ってもらう人間の態度かよ! まぁ頼んだのはオレだしな……ちゃんと神様屋を見つけられたら夕飯はおじさんの好きなもの奢ってやるよ」



「さすがましろきゅーん! 話が分かるクソガキはおじさん大好きだぜー!」



「は? なんかムカついたからやっぱ夕飯の件無しで。帰りは歩いて帰ってねー」



「っ!?」



 ズサササササーーッ!



「嘘でぇす! 調子乗ってすんませんしたぁーーっ!」



「ニシシ……分かればいいんだよ、分かれば」



 公共の場にも関わらず年端のいかない小学生を相手に繰り出される男(無職)の迅速かつ鮮やかなスライディング土下座。



 その光景の一部始終を見ていた通行人Aはこう言った。



「小学生相手に何やってんだあのおっさん? キモすぎ」


 何とでも言え。今の俺は無職。

 プライドなんてとうに売却済みだ。

 

 失うものなんてなーんもないね!


 さらに通行人Bがそれに続いてこう言った。



「ちょ、やばいおっさん発見したわ! Chickチック Takタックに上げたろ!」


 あっそれだけはやめてマジで。









***



「とりあえず目撃情報があったのはこの辺りだよ」



 駅口から降りて徒歩5分。

 準備中と貼られた居酒屋とコインランドリーの間から入り、路地裏に着いた。



 どうやら件の転売屋もとい神様屋はこの路地裏付近で目撃されたらしい。



「なるほどねぇ」



 都内の路地裏だけあってやけに広大だ。日没まで2時間程度。その限られた時間で一から十まで探索し終えるのは不可能だろう。



 それにカラスかネズミか知らんが食い散らかした生ゴミがそこら中に散乱して異臭もスゲーし、もうすでに帰りてぇ……。



『匂うな……』



 ふいにずっと俺のジャケットの胸ポケットで大人しくしていた鉛筆さんが喋り出した。



 いきなりこのページから見ちゃったよ!って人のために説明すっと俺の持っているコロコロ鉛筆——コロコロールドラゴンは普通のコロコロ鉛筆じゃない。


 具体的には。


 ①この鉛筆は喋る。

 ②この鉛筆は動く。

 ③この鉛筆は神様(自称)。


 というわけだ。


 意味が分からないって?

 安心してくれ、俺だって意味が分からん。



「ん? あぁまったくだ。生ゴミ臭くて敵わねーよなぁ」



『そういう意味ではない』



「そもそも神様屋ってのはどんな外見をしていてどこに店構えてんだ? さすがにコロコロ鉛筆を売ってるって情報だけじゃノーヒントと変わらねーぞ」



 コロコロ鉛筆は今やホビーアニメ的な規模で世界的に大流行している玩具だ。


 取り扱ってる店舗はこの路地裏付近に限定しても相当な数がある。



「目撃者の証言を聞くと神様屋は老人のような外見だったとか少女のようだったとかバラバラなんだ。目撃された場所も同じくね」



「要するに何も分からないってことじゃん」



「むぅ……で、でも一つだけ共通点があるよ!」



「共通点?」



「うん! 神様屋にはんだって!」



『っ!?』



「刺青ってお前それ完全に関わっちゃいけないタイプの人じゃないの!?」



 コロコロ鉛筆は一般人の俺ですら知ってるくらい市場のインフレ化が著しい。

 儲かると分かってる以上アブない団体から目をつけられてる可能性だって捨てきれない……よな。


 もしかして軽い気持ちでヤバい山に首突っ込んだんじゃないのこれ。



『逆にした星型の刺青の人間……そしてこの路地裏に漂う妙な気配……まさか魔妖芯ヤツラめ、既に霊体を脱して人間の肉体を……っ』



 ジャケットの胸ポケットの中にいた鉛筆さんが急に落ち着きが無くなったように小刻みに震え出した。神様でもそういう人達は怖いのかな?

 

 でもあんまり胸ポケットでバイブレーションされるとその振動で乳首に電流が走っ……あっあっあっあっ。








***




それから1時間以上経ち、路地裏にあるコロコロ鉛筆を取り扱ってる店を片っ端から探し回ったが神様屋らしき人物も店舗も見つからなかった。



日没も近い。

ましろはまだ小学生だし暗くならない内に切り上げたほうが良さそうだな。

   


「ふぅ……暗くなる前に帰ろうぜ。結局神様屋なんてただの都市伝説だったんだって。な?」



「いるもん……」



「でもいなかっただろ?」



「だってクラスのみんながいるって言ったんだもん……」



「クラスのみんなねぇ……それって前にましろのカバンひったくって遊んでた連中のことか?」



俺がましろの知り合いで知ってるのはガタイの良いデブと牛乳瓶の蓋みてーな分厚い眼鏡をしたオカッパ頭だけだ。


 初めて会った時からそんな感じで言い返せず反撃出来ないましろを一方的にいじめていたから、俺の中であのガキ共のイメージはすこぶる悪い。


どっちも根性がひん曲がったような顔してやがったからな、よく覚えてる。



「うん……神様屋を見つけて来たらもう学校でも仲間外れにしないって……」


 

 ましろの奴……やっぱりまた学校でいじめられてたか。

 まぁいいや、あのクソガキ共はまた後でシメるとしてこのまま収穫無しで帰るんじゃましろも納得しないか。



「しゃーねえ……もう少しだけこの探し物の天才、海堂アラ太様が手伝ってやんよ!」



「ホントに!? いいの!?」



「まぁ見つけてやるって約束だったしな」



「おじさん……ありがとう!」



「おう、とっとと見つけてけーるぞ」



「うん!」



 店が特定出来ないってことはつまり決まった場所で商いをしてないってことだ。この時点でオフィスビルにテナント借りて店構えてるような所はおおよそ候補から外していい。


 つまり神様屋は移動しながら出店を構えてるとすれば一応筋が通るな。


そうなればある程度ポイントは絞れる。


「いいか、まず俺達がいる地点がここだ。そしてこの道をずうっとまっすぐ行くと東西に大きく分かれた道がある。どっちの道も駅とは反対方向の道で人通りも少ないが意外と見晴らしがよくて、出店を開くには十分な広さの空き地があるんだ。まだ回ってない区画の中でならココがどうにも怪しい」



「なるほどねぇ……さっきみたいに普通のお店は回らないんだ?」



「そこは粗方回ったし、そもそもこの神様屋とかいう闇商人が噂通りの人物なら表立って店を構えないと思う」


「オーケー! じゃあオレは西側の道を行くよ!」



「オーケーって……お前一人で行くつもりか?」



「子供扱いすんなよ! それにもう時間がないんだろ? 二手に分かれた方が時間短縮になるって!」



ましろの言い分にも一理ある。

しかし日も傾きかけの路地裏で小学生に単独行動させてもいいものか。


無職の俺が言うのもアレだが神様屋とかいう闇商人は恐らく真っ当な大人ではない。



人目を忍びつつ足がつかない売り方をしてるような奴だし、後ろ暗い事情があると容易に想像がつくからだ。


そんな奴とましろが一対一で対面するのだけは……避けたい。



「分かった……ただ万が一神様屋を見つけても一人で行くんじゃねえぞ。見つけたら電話で俺に知らせろ。それでも間に合わなくてヤバいと思ったら迷わずに大声で叫べ。すぐに駆けつける」



「どうして?」



「あ? お前が心配だからに決まってんだろボケ」



「っ!?」



「だいたい前から言おうと思ってたけどお前は大人を舐めすぎなんだよ。世の中にはな、大人目線で見ても手に負えないくらいヤバい大人が大勢居て…………何その反応?」



そこには有り得ないくらい顔を赤面させ慌てふためくましろがいた。


え、何?柄にもなく真面目な話してたんだけど。



「へ? ななななんでもねーよバーカ! おじさんのバーーカ!」



「えっ……おい待てって!」



なんかすごい挙動しながら走っていったぞアイツ……。



訳の分からない奴だなー。

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