第六転-神の結界。

「妙だな……」



 どういう事だ、道の間取りがまるで変わってる。


 携帯の地図アプリで見る限り、目の前はしっかりとした道になっているのに実際には高い塀と雑居ビルに阻まれ行き止まりとなってしまっていた。



「おっかしいなぁ……もしかしてましろが行った道と間違えたかな」



『どうやら……当たりを引いたようじゃの』


 

「当たり? 何言ってんだ神様、目の前は行き止まりだぞ? どう見てもこっちは外れだろ」



『アラ太は今こう思ったはずだ。地図の地形と実際の風景が変わっていて妙だな、と』



「確かに思ったけどそれは都市圏に住んでりゃよくある事だろ。まぁそれでもなんか変だけどさ」



 一週間前は空き地だったところに新築の建物が建っていたり、お店の看板が3日前とは違う全く新しいものになっていたりというような現象は都内では特別珍しいわけではない。


 ただ今回の場合は少し状況が違う。


 俺の目の前を通せんぼするように行く手を阻む雑居ビルは最近に建てられたものではない。明らかに建ってからそこそこの年数が経っていることが伺えた。


 それにビルに人の気配がまるで無いのも気にかかる。


 今日は日曜でも祝日でもない、平日だ。

 それにも関わらず既に暗くなり始めている中、どの階のどの部屋にも明かりが灯っていないのは妙ではないか……と。


 まぁそもそもが無人の廃墟ビルであるとか地図アプリの表示ミスだったと言ってしまえばそれまでだが。


『勿論君の言う通り古き物が無くなり、新しく生まれ変わる事もある。だが全てがそうではない。人間が日常の中で何気なく感じる違和感のほとんどは無意識下で人外われわれの存在を感じ取っている証拠じゃ』 



「え?」



『目に見える世界だけが真実ではないということじゃよ。試しに鉛筆ワシを握りこの建物の塀をつついてみよ』



「そんなことしたって意味ねーだろうよ」



『いいから言う通りにせい』



「わ、分かったよ」



 神様に言われる通りに胸ポケットにしまっていた鉛筆で塀をつついた。



 すると俺は目を疑うような光景を目の当たりにしたのだ。



 なんとつついた塀にまるで小石を落とした水面のような波紋が広がり、塀と建物がみるみる内に一面鏡貼りの箱に変わったのである。



「うわわっ!? な、なんだこりゃァァァァァァ!?」



『やはり……"神化結界しんかけっかい"』



「し、"神化結界しんかけっかい"?」



『ワシのような使のことじゃ』



「信じらんねぇ……けどこんなもの見せられたら信じるしかないな」



『なんじゃ、ワシの言うことを疑っておったのか?』



「まぁね。だけど信じることにしたよ、アンタのこと。でもなんで本物の神様がよりにもよって鉛筆なんかになっちまったんだ?」


 鉛筆になった神様、神様な鉛筆。


 どうしてもこの二つの要素がイコールにならない。


 関連性を見い出せないのだ。



『アラ太、初めて君に会った時に言ったこと覚えておるか? 以前のワシは木であったと』



「あぁ、確かそんなこと言ってたな」



『ワシの神体はのぅ、樹齢1200年の御神木じゃったんじゃ。しかし神社の移転に伴って御神木ワシは人間に切り落とされてしまってなぁ。次に意識を取り戻した時には……鉛筆になっていたというわけじゃよ』



「なるほどねぇ、神様からコロコロ鉛筆にジョブチェンジしちゃってたと」



『ジョブチェンジか……そうなるのかのう』



 神様の話を簡単に整理すると。


 ①神様=木。

 ②木=鉛筆。


 ということになる。だから結果として。


 ③神様=鉛筆。


 という結論が成り立つわけだ。

 突飛な話に見えるが一応筋は通っているのかも。


 なんにせよホントにただの鉛筆じゃなかった。


 このコロコロ鉛筆は偶然にも由緒正しき御神木を切り落として作られた正真正銘の神様の宿った鉛筆さんだったってことか。



「アンタのいきさつは大体分かったよ。でもまだ一つ知りたいことがある」



『む?』



「初めて俺に会った時にアンタはこうも言ったな。"君に世界の危機を救って欲しい"と。じゃあその世界に危機をもたらす存在とはなんだ? 恐らくこの結界とも関係があるんだろ?」



『ふむ……アラ太は鋭いのじゃな』

  


「二言余計だよ」



『まぁ協力を頼む立場である以上、いずれ君には全てを話すつもりだったさ、なにぶん命の保証のない危険な頼みじゃからな』



「え? そんなアレな話なの?」



『結構アレな話じゃよ』



 マジかよ……軽いノリで聞いてたけどやっぱやめよーかなぁ。


 失うものなんか何も無い身分だが流石に命を天秤にかけるわけにもいかんしなぁ。



「あの、やっぱ今回はなかった事に……」



『まぁそう言わず話だけでも聞いていかんか?』



「でも命賭けと言われるとさすがにちょっと……」



『せめて話を聞いてほしいのじゃ……先っちょだけでもいいから』



それ世界三大信用ならない言葉の一つだから!



「俺確かに無職だけど命は惜しいし……」



『話聞けや』



 め、命令形ィィィィ!?



「てめぇ! 神様だからって下手に出てりゃ偉そーにしやがってこの鉛筆風情が! ド真ん中からへし折ったろかゴラァ!」



『ワシに協力した暁にはアラ太の就業運と金運をもれなく最高ランクまで上げてやるぞい!』



「……っ!」



『会社を立ち上げようものなら瞬く間に上場し世界有数の大企業へ! 宝くじを買おうものなら買えば買うだけ大当たりくじを連発し一夜にして大金持ちじゃ!』



「……マジ?」



『マジじゃ! 何を隠そうワシは元々就業成就と金運上昇の神様じゃからな!』



「フ、フーンだ! そんな甘い言葉に騙されるほど俺だってバカじゃねーぜ!」



『一億円』



「っ!?」



『十億円』



「っっっ!?」



『一兆……』



「乗ったァァァァァァァァァ!」



『なんかワシ……少しずつこの人間の扱いがわかってきたかもしれん』



「えー何何? まだお得な特典がつく感じなの?」



『そうじゃな……今ならおまけで150歳まで傷病無く生きられる健康長寿運と理想の結婚相手と出会える良縁運上昇のご利益もセットでつけようぞ』



「ンホォォォォォォォォ! 青龍せいりゅう様バンザーーーーイ!」



『…………ちょろいな』










 ***



『時にアラ太よ。何故この世界にはワシのような神の存在が必要だと思う?』



「え? いきなりそんな宗教的なこと言われてもなぁ」



『直感で構わん』


 

「うーん、神様がいてくれた方がみんなが安心だからーとか?」



『まぁ間違ってはいない。厳密には人間に手に負えぬ妖魔から守るためじゃ。そして数ある妖魔の中でも特に妖力が強く邪悪な妖魔共の中核を成す存在を総称して、我々神の間では"魔妖芯まようしん"と呼んでおる』



「"魔妖芯まようしん"? それが世界を危機に陥れる存在なのか?」



『そうじゃ。"魔妖芯やつら"は我々神に匹敵する力を持っている上、狡猾でズル賢いのが特徴でな。言葉巧みに人間をかどわかし肉体を乗っ取って次々に仲間を増やしていくのじゃ。だから一刻も早く見つけ出し甚大な被害が出てしまうのじゃよ』



「しかし分かんねーな。その言い方だと最近になって封印が解けたみたいじゃんか」



『本当に勘が鋭いのだなアラ太は』



「まぁそれなりにハードな人生を送って来たんでね」



『100年前を最後に全ての魔妖芯まようしんの封印は完了したはずだった。神であるこのワシの体内にな。しかしもうワシの体は跡形もなく切り落とされてしまった。封印が解けた原因はそれじゃ』



 御神木だった神様が切り落とされたせいで、一緒に封印されてた魔妖芯とかいう邪悪な妖魔が現代に蘇ってしまったと。



 コレはマジで詰んでるのでは?

 だって俺は唯の無職だし、神様なんて今やこの鉛筆ザマだぞ。



「じゃあこの明らかにヤバイ感じがプンプンする結界の中にいるのは……」



『気配からして十中八苦魔妖芯まようしんに間違いなかろう。そして恐らく向こうもこちらの接近に気付いている。その上で迎え討とうという算段なのじゃろう。先程から気配が結界からピクリとも動かないのが良い証拠じゃ。だからこちらから結界内部に侵入する』



「どうやってだよ? 見ての通り結界コイツはカッチカチに固められてとても入れそうにないぜ」



鉛筆ワシを使ってこの神化結界しんかけっかいに鳥居を描け』



「鳥居って神社の入り口にあるアレか?」



『左様。神化結界しんかけっかいの内部に入るためにはここにワシらが入る為の通り道を開く必要がある。鳥居はそのための目印になるのじゃ』 



「こんな感じか?」



 神様に言われるまま鉛筆を握り横線を二本、その上から更に縦線を二本引いた。



『あぁ上出来だ……破ァ!!』



 神様が力を込めると俺が書いた鳥居が青白い光を放ち始める。



『これで神化結界しんかけっかいの内部に入る細道が完成した』



 ふと鏡面に手をなぞってみると障壁が消えていることに気がついた。



「すげぇ……さすが神様だ。体が鏡面を擦り抜けるぞ」



 大人一人余裕でくぐられるだけの幅はあるようだ。


 これなら俺達も結界の中に入ることが出来る。



『行くぞアラ太』



「おう!」

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