第19話
それからソラシドは
いくつかの紙飛行機を空に放ったけれど
その仕草に、まるで焦りは感じなかった
きっと彼女の中で、答えはすでに出ているのだろう
「君には色々と迷惑をかけたね。私のような世間知らずに付き合わされて」
と、ソラシドが落ち着いた様子で言った
たしかに彼女は世間知らずで
向こう見ずに叶えた願いの後始末をさせられたことも
決して、一度や二度ではない
今、こうしている瞬間だって
世界には時間という概念が存在しないのだ
「けれどもう、終わりにするよ。私の一番自分勝手な、一番はじめの「お願い」のせいで、君はずぅっと私の面倒を見てくれたね」
けれどもう、終わりにしなくちゃ
そう言って、ソラシドは笑ったけれど
その横顔はどこか寂しそうだった
「私が願いを叶えることで、願いを叶えられない誰かが生まれる――なんて、そんな当たり前のことに、どうしてもっと早く気が付けなかったんだろうなぁ」
それは恐らく、ぼくだけに向けた言葉ではないのだった
中学時代、彼女は「類稀なる才能とやら」で
色んな同級生を蹴落として、一番になり続けてきた
だからソラシドは、高校生になって
笑い方を忘れてしまったのかもしれない
「私がなにかを願うせいで、これ以上、誰かのなにかを壊してはいけないと思うんだ」
ソラシドは、紙飛行機をぼくに向けて飛ばした
それを掴んで、開いてみると
一番上には「進路希望調査票」と書かれていた
彼女はずっと、飛ばし続けた紙飛行機には
どうやら、そんな白紙が使われていたらしい
ソラシドらしいなぁと、ぼくは思った
「信じられない話だけれど、私たちはもうすぐ、大人になる。この屋上を出たら、時間が動き出して、私たちは長い時間をかけてなにかになっていく。もう、そんなところまで来ちゃったんだよ」
早いものだね、とソラシドは
いっそう、悲しそうに笑う
「だから、お礼ってわけじゃないけれど――そんなことがお礼になるとも思ってないけれど――まぁ、君と私の間に、最後に思い出のようなものが、一つくらいあってもいいじゃないかと、そう思うんだよ」
そういうこともあるだろう、とぼくは思った
ソラシドが、そんな風に思うこともあるのだろう、と
「私はもう、お願いをやめるよ。だから君も、もう、私に付きあう必要なんて、ないんだよ」
ソラシドは、ゆっくりと視線を上げて
まっすぐに、ぼくを見つめていた
彼女の肩には、天使が穏やかな笑みを浮かべながら
まっすぐに、ぼくを見つめていた
なんだか、変な気分だった
この場にいる誰もが、ぼくの願いを待ち望んでいるのだ
そんな機会は恐らく、今後の人生で
一度だって訪れないだろう
だけど、そんな機会など
ぼくには一度だって必要ない
それがきっと、正しい選択であることを
信じているから
知っているから
だから、ぼくは、そっと、
――天使の耳を、両手で塞ぐ。
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