トウキョウドーナツシティ

長月瓦礫

トウキョウドーナツシティ


『東京都心に穴が空いた。

その出来事は世界中を震撼させた。


ドーナツ化現象と呼ばれるそれは、所詮ただの人口移動でしかないし、どの国でも一度は起こったことのある動きだから、取り立てて騒ぐようなことでもない。


しかし、たった一晩で都心に住む人々が姿を消したとなれば、話は別だ。

23のである。

老若男女問わず、誰も彼もがその町から跡形もなく消え去ったのだ。


その日の夜、皮肉にも23時をさす頃、23区以外に住む住民たちは奇妙なものを目にしていた。道路という道路に、長蛇の列ができていたというのだ。


虚ろな表情を浮かべた人間たちがおもむろに練り歩き、どこかへ向かっていた。

さながら、死にぞこなった人間たちのパレードのようだった。

窓越しに見た住民は何かの催し物か、あるいは悪い夢でも見たような気分だった。


とにもかくにも、その異常事態はすぐに通報され、警察は現場へ駆けつけた。

無言で歩く人間たちに警察官が声をかけたその瞬間、スイッチの入ったチェーンソーのごとく、襲いかかってきたのだ。


もちろん、全員無事で済むはずがなく、警察側にも23区の住民たちにもけが人や死亡者が出た。この乱闘騒ぎに乗じて、ほとんどの住民たちは逃げてしまった。

住民たちのその後を知る者はいない。


23区の出身者たちを司法解剖したところ、とある共通点が発見された。

頭蓋骨と頭皮の間に腫瘍ができていたのだ。

おそらく、この腫瘍が不気味な行動をさせていた原因だと思われる。


今現在、東京23区すべては封鎖されており、政府による実態調査が行われている。失踪した人々の行方や例の腫瘍を調査するため、完全にロックダウンされたのだ。

ネズミ一匹、立ち入れぬ状況だ。


あの日の夜を境に、東京都はおろか日本全体が狂ってしまった。

狂った歯車は止まることを知らず、人々の生活に多大な影響を及ぼした。


政権の場は臨時的に京都府に移され、関係各所は対応に追われている。

23区内にあった企業も郊外へと場を移し、新たなスタートを切った。


光陰矢の如しとは、まさにこのことを言うのだろう。

東京23区はすっからかんになった今もなお、捜査が続いている。

出身者は誰一人として帰って来ない。

あの不可解な出来事から数ヶ月は経っているというn』


文章は途中で途切れていた。

書き手と思われるスーツの男は口からよだれをたらし、デスクトップパソコンの前に突っ伏していた。


「例の腫瘍が成長すると、こうなるってワケ?」


男の頭から白い花が咲いていた。

幼稚園児がクレヨンで描いた絵をそのまま実体化させた様な、白く丸い5枚の花弁に黄色の花芯を持つ名前のない植物だ。


花を抜くと、頭皮がずるりと剥けて、頭蓋骨が露わになった。

頭皮の下に植物の根のようなものがびっしりと張り付いることから、植物と一体化していたことが見て取れる。

男から栄養を吸収し、花を咲かせたようだ。


「何やってんの? 放っておくよう言われてなかったっけ?」


「けど、こういうのって引っこ抜いたら何かありそうじゃん?」


「叫ぶとでも思ったの?」


「いや、笛吹いただけで言うこと聞いてくれるかなって……」


「そんな都合よくいくわけないでしょ」


ため息をつきながら、引っこ抜いた花と書きかけのレポートを回収したのだった。


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トウキョウドーナツシティ 長月瓦礫 @debrisbottle00

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