これが『一(にのまえ)』と言う人物 ②
「あ、なんだよ
宮内は彼女から言われた言葉に寸分の迷いもなく反論する。
「先程志磨君に買ってきてと頼んでまして。ねぇ、志磨君」
彼女は俺の方を向いて返事を諭す。事実は事実。否定する余地もない。
「え、まあ」
曖昧な返事になってしまったが、彼女はそれを聞くと宮内の方を見た。
「とういよりか」
そこから始まる彼女の口撃
「仮にですね。私のでも無かったとして、志磨君のだったら貴方のものなんですか?」
どんどん出てくる正論。後先を考えて発言してるのだろうか。
「うっざ。何だよ、返しゃいいんだろ」
「まあ、そうですね。返せばいいんです」
荒さが目立つ言葉遣い。言葉と言葉の細かい震え。発する前の深い溜息。俺でなくても宮内が不機嫌であることが分かる。クラスメイトも徐々に違和感を感じ始めたのか、2人を注目していた。
「はいはい、ほらよ」
俺の机の上にストローが刺さっているいちごミルクが置かれる。これでいいだろと言わんばかりの態度をとった宮内はその場を離れようとした。しかし、それを声を掛けて彼女が止める。
「何処行くんですか。まだ志磨君に謝ってないじゃ無いですか」
忘れてはいけない、これは全て、人が増えつつある教室内での台詞なのだ。当事者の俺でさえ、こんな言葉を言われ恥ずかしくなりつつある。しかし、その真剣さ故にやめろとは言えないし、止めれるような立場でも無い。
少し気になったのは、彼女といつも話している女子生徒達が、明らかにお節介な彼女の姿を目を輝かせながら見ていること。もしかしたら、俺の感性がずれているのかも知れない。いや、恥ずかしい、これ以上はやめてと言ってこの場を治めよう。宮内には俺からちゃんと説明しよう。
「あ、あの、
呼びかけ、振り向く彼女の眼光に圧倒される。立ち上がって止めようとした俺は情けない話、その姿を見て萎縮した。椅子に落ちるように座って、彼女の言葉に対する宮内の反応を待つ。
宮内と彼女は机一個分の距離で対峙している。髪の毛を掻き毟り、自慢の金髪が少しばかり教室の床に落ちて行く。その様子を見ている彼女は、何も言わず俺の前で堂々と立っていた。ギャラリーが増え始め、痺れを切らした宮内は目の前にあった椅子を乱暴に蹴り、強い言葉を吐く。
「あぁ!?まじでうぜぇな!なぁ、お前さ、学校内で人気だからってあんま調子に乗んなよ?弱い者を守ってる自分かっこいいとかつけ上がってるだけだろ?」
宮内の台詞は、何ともヤンキーっぽさが混じっていた。宮内が言う事には事実もある。一つは彼女が学校内で人気だと言うこと。もう一つは俺が弱いと言うこと。俺が強ければ、宮内と彼女がこんな状況になる事は無かった。そこは確信を持っている。結局、自分は誰かに迷惑を掛けてしまう人間なのだろう。
「言いたい事は言い終わりましたか。なら、どうぞ志磨君に謝って下さい」
崩れぬ強気な姿勢。宮内の額には青筋が立ち始めていた。一触即発のその現場、近付くギャラリーは誰もいない。彼女の味方をする者もいない。なのに彼女は何故、俺の味方をするのだろうか。
「ほんっと、うっぜぇな」
今度は近くにあった机を蹴り飛ばす。それは苛立ちを音に表して結果である。その様子に勿論ギャラリーである周りの生徒は体を硬らせる。しかし、唯一彼女だけがそれを変わらぬ姿勢で観ていた。宮内はその後、教室を出て何処かへ向かう。倒れた机と椅子を元に戻し、静かな教室の中心で彼女は手を二回叩く。
「朝からお騒がせして、御免なさい。宮内君にいちごミルクの素晴らしさを説いていたら彼はバナナミルク派の人間でして、口論になってしまいました」
聞き入れる言葉は騒がしさへの説明だ。しかし、その内容の殆どは彼女の得意な多弁。俺からすればそんな言葉で騙される程、皆んなは馬鹿では無い。
「まじ〜?梓ぁ〜ちょっとは控えないとぉ〜。みやうっち、激おこぷんぷん丸だったじゃあん」
先程まで彼女と話をしていた、女子生徒Aとその周りの人物達が笑いながら彼女の説明を茶化す。
「後でちゃんと謝っておきます。今度こそいちごミルク派に改宗させるので」
「なにそれ〜」
その様子を見たクラスメイト達は苦笑いを浮かべながら各々席に向かう。中心に居た彼女は、倒れた机の持ち主の所に行って、深々と頭を下げ謝っていた。
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