これが『一(にのまえ)』と言う人物 ①

購買は教室棟Bの一階にある。教室棟Bは主に3年生の教室があり、購買が目の前にある3-1は溜まり場になっている。購買自体は、コンビニの下位互換的な存在であるが、ペンやノートなどの学校生活に欠かせない必需品が売っており、生徒達の間での評価は高い。


いちごミルクは購買の中にある自販機のみ売っており、態々ここまで買いに来る人は普通いない。この学校には各階に自動販売機が設置してあり、必要最低限の飲み物はそこで手に入るからだ。


購買に着き、目的の自動販売機まで向かう。目的の自動販売機でいちごミルクが売り切れていないことを確認した後、彼女からもらった小銭を一枚一枚入れて行く。


入れ終えた後は、一番下で左から5番目のボタンを押し、落下してくるのを待っていた。一体何故此処で彼女の好物を買わなければいけないのだろうか。それに加えて彼女の腹に一物を抱えた表情も気になる。


取り出し口のいちごミルクを拾って、またもう一つ購入する。紙パックに付属してるストローを抜き、銀色の差込口に刺す。彼女があれだけ盲信するいちごミルクはどんなものか、吟味した。


「あっま」


思わず独り言が漏れる。甘い、甘すぎるのだ。口の中に残留する甘さが嫌だった。そもそも甘いものが余り得意じゃないと言うのもある。しかし、貰った以上は飲み干さないと失礼にあたるはず。


彼女に大変申し訳ないと思いながら、ゆっくりと中身を消費しつつ、彼女の分のいちごミルクを彼女に届けに行った。


教室に着き、ちらほらと登校してきたクラスメイト。注意深く周りを見るが、宮内の姿はまだなかった。そして、手にある戦利品を届けるべき相手は、流石の人気ぶりで女子生徒による分厚い壁が築かれており近づけない。


如何するべきか、自分の席に向かいながら考えているが思い付かない。俺の席と彼女の席は正反対だ。教室の廊下側の一番後ろが俺の席で、彼女は窓際の一番前。前扉から入ってきたとは言え、厚い肉壁によって俺の存在は認知されていない。


話しかけにいってもいいが、他の奴らに絡まれると厄介だ。また考えながら話さなきゃ行けないからだ。一応、腕に顔を埋めながら彼女の方向を見る。すると偶々、開いた肉壁の隙間から彼女と目が合う。


その後、彼女は直ぐに目を逸らし、他の子たちとの会話を続けた。もしかしたら忘れられてるのかもしれない。多くの女子とひっきりなしに会話をして、俺の情報なんて上書きされているかもしれない。


そう思っていた矢先、彼女はまたこっちを一瞬だけみた。ずっとそっちを見てる自分も気持ち悪いと思ったが、その後もまた一瞬、さらに一瞬と目が合う。


その様子は明らかにこっちを見ていた。しかも、彼女は一瞬のチラ見を、彼女達の会話の間、一瞬もあるかわからない刹那の間を違和感なく使っていた。一体、何者なのだろうか。分からないが、何回かこっちを見てくるので、一応買っておいた、いちごミルクを机の上に置いておく。


すると、彼女は一瞬のチラ見を、2秒のガン見に変えてしまった。確実に彼女は目を輝かせていた。心が読めなくても分かるが、確実にこれを欲している。いいタイミングがないか、俺と彼女は間を測り始めた。流石に2秒のガン見は、彼女の肉壁に違和感を与える。


「ねぇ聞いてる?」


女子生徒Aが彼女に疑問を投げる。


「あ、聞いてます。あれですよね。坂下川沿いの土手でリアカーに乗ってる子供達の話ですよね」

「あははは、なにそれー!」


何だその話はと思うが、彼女はうまく女子生徒Aの違和感を逸らした。そして、また一瞬の隙を見て、こっちに何かを必死に訴えている。瞬きを高速でしているが、全く持って意味が分からない。違和感のある行動をしてしまった彼女は、女子生徒Bの口撃に合う。


「めっちゃ瞬きしてるけど、だいじょーぶぅ?」

「あ、これは眼力を鍛えていまして。かの有名な織田信長に倣ったトレーニングですよ」

「まじでー?ちょーうけるー」


断じてそんなトレーニングは後世に残っていない。そして、それに騙される女子生徒Bも違和感を感じろ。そこからまた不毛な攻防が繰り広げられて行き、やがて彼女は席を立ちトイレに行くと言う最初からやれば良かった作戦を実行した。


そして彼女はこちらに近づいてきて、恐らくいちごミルクを取っていく作戦なのだろう。しかし、作戦が行われる数秒前、事件は起きた。


「お、珍しいじゃん!志磨!これ貰ったぞ!」


大声で俺の横から、俺の机にあるジュースを取る人物が現れたのだ。その声の主は宮内であった。


「ちょ、それ俺の」

「いーじゃん!」

「いやそれ」

「何だよ、俺が飲むのに文句あるのかよ」


反論しかない。騒がしい教室内では違和感のない俺と宮内のやり取り。言葉で言ってやろう。それは駄目だと。友達としても断りを入れたり、常識的な接し方をしなきゃ行けないと。言ってやらなきゃ、駄目だ。


「みやう…」


言葉が出かける。この続きで俺は何を言うか。宮内を叱るか?宮内に反論するか?いや、また、彼を、宮内を肯定してしまう言葉が出るだろう。昨日、変われるはずだったチャンスを、彼女に助けて貰えたはずのチャンスを踏みにじったのだから、当然の報いだ。自分で自分に違和感を感じて生きていくのがお似合いだろう。


「あ、それ私の何ですよ」


宮内の方向を見ていた俺の目の前に現れた小さく大きな背中。


「行けませんよ。人の飲み物を勝手に取ったら」


俺の心の代弁者がそこに居た。

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