おやすみ、世界は怖い夢に満ち溢れているけれど、

 私は眠るのがとても苦手だ。


 眠ることと死ぬことは似ている。同一だ、とふとんのなかで身体を震わせてしまうほどに。きっと眠るのって死ぬことの練習なんだよ。怖いなあ、って。私、そう思うんだけど、この十三年の生涯でもそんなのわかってもらえた試しもなく。……十三歳なんてまだまだ若いよとおとなは根拠もなく言うけれど、たぶん、眠れなくて苦しい思いをしたことなんてないんだろうなって思う。それに、私は、それ以外はいたってフツーなのだ。いっそ、変な子がうらやましい。フツーな私と違って、この子はおかしいんだなってすぐにわかってもらえるから。


 睡眠っていうのはどうやら人間の本能らしくて。それなのに睡眠というのは中学生にもなれば、自己管理、するべきものらしい。あとはやる気の問題なんだって。起きようと思わないから、起きられないんだって。


 こういうの、とっても矛盾していると思う。なんで本能なんてことが、自己管理とかやる気とかと関係あるの?


 でもおとなはそんなの屁理屈って言う。眠るのが怖いひとは、どうすればいいんですか。保健室の先生にそう、尋ねてみたところで、深く考えすぎちゃ駄目よ、人間横になってるだけで疲れは取れるんだから、って。違う、そうじゃない、そうじゃないんだけど私はまだ子どもだから、薄い唇を噛んでうつむくしかない。だから違うそうじゃなくってだからおとなはとんちんかん。横になるだけで疲れるような人間だっているのになあ、と、私はもう相談などという行為はとっくのとうに諦めている。


 夢を見ない眠りは怖い。ただ意識がなくなるというのはもうほんとうに恐怖でしかない。


 だけど、もっとも怖いのは、眠るときに見る夢だ。……将来の夢、とかいうときの夢、って言葉と、なんだか、ずいぶんかけ離れているように思えるんだけど。


 睡眠はまったくもって気持ちいいものでも心地いいものでもない。睡眠というものが人間に必要なかったのならば、私の生活というのはもうちょっと楽であったんだろうなと、暗い部屋のベッドにくるまっていつも思う。


 だいたい、眠る前はいちばん思考がめぐる、あれはどうすればいいのだろう。考えすぎて、寝返りをなんどもなんども打って、ふとんが火照ってきて、熱くて起き上がる。そんなこんなでそれだけで数時間過ごすこともざらなわけであって。ああ、寝たくないと、けれども夜に眠らないと授業中に眠くなる。人間の身体も学校の仕組みも、理不尽だ。


 私は眠るのがとても苦手で、嫌いだ。


 毎晩毎晩、私はきっと夢のなかで泣いている。


 こればっかりは、眠るのが大好きだなんてひとたちとはぜったいにわかりあえない。




 そして。……私が眠っていないとき、つまり起きているときのおはなし。


 この春に私が入学した、地方都市の公立中学校。市の「モデル型」中学校として県内でも有名だ。要は優等生型のおカタい中学だってこと。公立なのにそんなの変ねと、お母さんは眉をひそめるようにして言うけれど。


 私は新入生だし、まだ前期の五月なわけだけど。それでも、もう耳にタコができるよってくらいにその、モデル、という言葉を先生たちから聞かされた。市の模範だとかパイオニアになれとかなんとか、熱だけがあってよくわかんない。勉強はできる斜にかまえた男子は、模範とパイオニアはそもそも論で意味が違うとか大きな声でいつも言う。集会のあととか、とくに。そういうとき、みんながふざけて両耳に手を当てる意味、わかっているのかな。


 そういうのって、私たち、とっくにうんざりしているのだ。本気も本音も、だるくゆるく生きたい私たちにとってはおっくうなだけ。おおむかしは学園闘争とかいって、若者たちが自分の主義主張のために「戦い抜いた」らしいけど、コスパ悪い生き方だよなあ、と、たしかにそのひとたちの子孫であるはずの私たちは冷たく苦笑いしている。


 ただでさえ集会なんて暑苦しいのだ。モデルたれ、他の模範たれパイオニアたれ、街の中心、市役所もそば、われらが桜松おうしょう中学校は島市民に愛され期待され続ける中学校、桜松生としての自覚をもて。先生たにの、そういうのもうんざりするけど、べつに私たち、そういうのをガツガツと否定したいわけでもないし。だからあの男子は頭よくても浮いちゃうんだよなって。私たちが嫌なのは、熱くなること、なのに。話の中身などあんまりカンケーないのに。


 もっと、コスパよく生きようよ。


 すくなくとも私は、そうしてるよ? ……起きているときには。


 桜松の子たちは要領がいい。テキトーに受け流すすべを知っている。私にはよい環境だった。最低限のコストで、最高のパフォーマンスを。先生たちはそういう話を耳にするたびにそうじゃないと言うけれど、なにがどう違うのか、私たちを満足させるような答えをくれたことはいちどもない。


 おとなはなにひとつとして私たちの、私の知りたい答えを教えてくれない。どうして、眠ると夢を見るのですか。どうして、学校のみんなはみんな要領がよくって笑うのもじょうずなのですか。どうして、眠るときと眠ってないときの私が、おんなじ人間だってことわかるんですか。




 関東北部のこの県。全国的にはけっして都会などとイメージはなく、未開の地とかいってネタにされちゃうところ。要は、田舎ってこと。


 私だって東京の小学校のときは、友だちとスマホを覗き込みあいながら、この県のことをくすくすと馬鹿にしていたのだ。本気じゃない。ネタだけど。でも、ネタにできるくらいには、私にとってこの地は遠かった。


 小学校の放課後は、スマホさえあればそれでよかった。オモチャ、とおとなは顔をしかめるけど、それっておとなは悔しいんだと思う。


 だって、とっても楽しくて。ラインやアプリが流してくれるちょっとしたニュースも、それはそれでアリ。でも、もっと刺激を求めるとき、私たちは「まとめサイト」をきゃあきゃあはしゃぎながら開いた。


 まとめサイトっていうのは、なんなんだかよくわかんないけど、とにかくいろんなひとたちが本音をぶちまけているサイト。アプリでも見れる。


 四年生のとき、いろいろと「進んだ」友だちからその存在を教えてもらって、はじめて記事を読んだときにはびっくりした。本音っていうのはこういうことなんだ、と思った。書き込みには中学生や高校生のものもあったけど、おとなの本音が私はとっても面白くって。だっておとなって、ふだんああやって澄ましていてわけ知り顔なくせに、本音はあんなにも汚くって情けないんだもの。


 そうやって画面越しのおとなを見下すのはとても楽しいことだ。……私だったらそうはならないのにな、って。彼らだったらロリとか騒ぐ年齢で、私は書き込みはせずとも、心のなかで彼らに説教を繰り返す。立場逆転ってこういうこと。


 ニュースじゃないけどフィルタリングをくぐり抜けることのできる「選ばれしスマホ」を持った子のスマホからのみ見ることのできる。……まとめサイトっていうのは正直なところ下品で殺伐としてて、でもだからこそ、画面ごしに私たちはいくらでも嘲笑うことができた。頭の悪いおとなの書き込みなんか山のようにあった。これマジで成人男性? ロリコン? やっばーっ、ウチら狙われちゃうーっ! なんて放課後の教室で世のなかを見下すのは楽しかった。


 ……でも、つまり、だから私がいま暮らすのはあのとき私のわらった田舎の県なんだ。




 それだから私は、眠れない夜、ただひたすらに知らないひとたちの本音を、聴くようにして読むようにしてるんだ。


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