ひとつ殺せばひとつ生まれる

 恥ずかしい告白をしよう。

 私はかつてたしかに、天才になりたかった。天才にあこがれていた。天才と呼ばれるようになり、天才的な小説をうみだしたいと、思っていた。


 だがあるとき天才になろうとするのをやめた。天才を目標として小説を書くのを、やめたのだ。

 天才というのはきっとさぞかし気持ちのいいことであろうから、それは私にとって苦渋の決断でもあった。

 でも、やめた。天才になるのは。――なぜか。

 私が、小説を書くのに、邪魔だったからだ、いやまだこの言い方でも足りない、主語は、私、なぞではないのだ、



 告白しよう。

 私は、物語の奴隷なのだ、と。





 小説を書けば自信がつくのだと思ってた。小説を書けば自分が好きになれるのだと思ってた。小説を書けばちやほやされるのだと思った。



 どれも、違った。どれも、幼い勘違いでしかなかった。

 ほかのひとのこのあたりのプロセスはよく知らないのだがすくなくとも私は、


 小説を書けば、書くほどに、



 自分の惨めさと凡庸さを知り、自分が嫌いになってゆき、……そして小説でひとづきあいするというのはどういうことなのかを、知っていった。





 私は自分を殺し続けた。

 なんでと言われると小説のためだ。

 なんでそこまでやるの、と言われても、わからないんだけど、

 たぶん私よりも、私の書く小説のほうが価値があるから、だと思う。これはもう、しょうがないね。


 殺したっていうのはべつに我慢するとかじっとするとかでは、なくて、

 こう、毎日毎日ハンマーで頭ぶっ叩いてかち割っていく感じさ。




「小説のために、死ね私、」



 と、祈りながら書いていた日々も、長かったのさー。





 物語の奴隷になりたい。

 もっと物語の奴隷になりたい。

 私自身はなんでもいい、どうでもいい、



 そうだ私は筒でいい。単に、筒。――物語とこの世界を筒のように媒介するのだ、小説として。



 まだ物語の奴隷になりきれていない自分を感じる。

 こんなにも私自身が、意味も価値もないはずだった私が恩恵を受けてさえいるのに、




 さあ。

 きょうも、ダゴッといこう、――ひとつ殺せばひとつうまれる。

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