衆生済度の朝食

 朝食は、衆生済度しゅじょうさいどと見つけたり。

 なんてね、嘘。だって、わたしのやることなすことすべてがそうに決まっているのだから、はい、今朝も今朝とていただきます、よ。


 あてがわれた朝食、人間のメスガキ一匹ぶん。いやいや不謹慎でしたかね? わたしはこの家の可愛らしい最年少としてにこにこにこにこ待っている、それらの準備ができるのを。手伝う? なんて言ったらかえって嫌がられるんだ、わたしはこの空間ではいつまで経っても無能を演じなければいけない。というか、来たるべきときまではそっちのほうが都合がいいでしょうよ、ねえ。

 カチンカチンと鳴る食器のハーモニー。食器は、文明だ。ほんらいモノを食うのにこんなカタイものはいらなかった。でも人類は愚かですからほんらいたいてい柔らかい人間用の食物、といったものをこうやって食器でわざと包み込む。そう、そこにあるのは食物連鎖の最頂点の傲りだ。肉を割き、根をもいで、それらを美味しそうな盛り付けなどといってこうやってディスプレイするなんて、ああ、ああ、吐き気がするだろうね、わたしは人間でよかったですね、っと。

 やわらかさを、かたさが、包み込む。

 スッ、とプレートが差し出された。「ありがとう!」とわたしは条件反射で言う。声変わりもまともに済ましていないわたしの声はやけにキインと甲高く、メスガキどころかメスザルみたいでいつもこうやってわたしはひとつずつ自分を嫌いに、大嫌いに、なって、倦んで、……いくのだ。

 プレートはいつも通りの複数生命体融合形。ひよこのモトをバラした目玉焼きに、肉を細切れにしてさらに固めたウィンナー、みずみずしく伸びていきたかった葉をざっくざくんに切り刻んだキャベツ。

 代表者である貴方に問う、たまご。

 あるいは、貴方も守りたいなにかがあったのですか?


「……ふふっ」

 思わず、笑いが漏れてしまった。

「やあ、どうしたんだい、××ちゃん。朝からご機嫌じゃないか」

 父が新聞からいたずらっぽい視線を送ってくる。

「ううん、パパ。ただね、わたし、ごはんを毎朝食べられるなんて幸せだなあ、って思ってたの!」

「わはは、感心だなあ。××ちゃんはしっかりしてる」

「えへへー。わたし、わたしねっ、だからいっつも『いただきます』って、欠かさないんだよ!」

「わははは、さらに感心、感心。ねえママ、××ちゃんはえらいねえ」

「そうよ、いただきますは言いなさいって育てたんだから。ねえ?」

 わははははははは。

 ……この茶番は、だれがどこまで、本気なのだろう。ああ、怖い。怖いよ。ねえ、パパ、ママ、わたしとっても怖いから、ほんとなら――いますぐ貴方たちのことバラして、このたまごさんみたいに食卓に並べてたべてみたいの。

 たべられる、かなあ?

 食べるというのは優越だ――わたしは両親を食して、済度することができれば、きっともっと自信をもって、衆生済度が、できるのになあ、って。


 家族三人、そろった。父が掛け声をかける。わたしも手を合わせ、発声するのだ、

「いただきます!」

 まずは、箸をその黄味の中心点に突き刺した。ぶちゅり。崩壊する。どろーり、と恨みがましく、溶けていく。わたしはぞくっとする。ああ、たまごなんて、たまごなんて、……あんなかたくなな殻をもつように進化してなおわたしに食われる運命さだめなのだと!


 可哀想。衆生はほんとに、可哀想。

 わたしが、救ってあげるからね。いつかみんなを、かならず救ってあげるんだから――だからせいぜい、万物よ。わたしに食われてもらえるように、美味しそうに進化するんだよ?


「おおっ、××ちゃん。それはちょっとお行儀が悪いぞお」

「あーん、パパ、ごめんなさい。このたまごさんがあんまり美味しそうだから、××、あわてちゃったの。てへ」


 わたしの箸においてたまごは死んでいる。さあ、わたしとなれ、哀れな生命いのち

 食うこと。それは特権だし、救済なのだよ、わたしの味覚が根拠です、ああ、――今朝も、美味。

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