夕方の公園、噛み付く、飴「甘味料の味は切ない」
いったいあなたは、だれを愛するのよ。
絶望感たっぷりにそう叩きつけてやりたくって、でも、そんなこととてもじゃないけれどできなくって、だから私は、空気のかたまりを呑み込んでうつむいた。惨めだ、と思った。
夕方の公園。冬の夕暮れは容赦なく、私たちを闇に連れ込もうとする。制服すがたの私たちは、それでもわがままな子どものようにかたくなに、ベンチから動こうとしない。ひたひた、ひたひた。闇は、皮膚から浸透してゆくかのようだ。侵されて、しまいそう。でもそんなことさせないさせるもんか、私を侵すのは、あなただけで充分なのだから。
夜の闇よりも暗いこころを持つ、あなた。
私は、あなたの一挙一動をじいっと見つめている。学ランすがたのあなたは、ときおり、ふう、とため息をつく。そのため息はいったいなにを意味しているのねえねえねえ、訊きたくって問いただしたくって堪らなくて、でも、そんなの重たすぎるって自分でもよくわかってるから私は我慢してなにも言わない。
そう、我慢。
あなたとうまくやってゆくには、ううん、あなたのこころを私に開いたままにしてもらうには、我慢ということが、ぜったいに必要なのだ。
ふう、とふたたび、ため息。息が白い、あなたのこころはあんなにも黒いねばねばにとりつかれているというのに、どうして口から吐かれる息は、こんなにも白いのだろう。
この寒空のしたふたりでいるというのは、きっと奇跡だ。なんて、陳腐なことをまた。
私は、なんだか感極まってしまって、いよいよ訊いてしまった。
「……なに、考えてる?」
「んー、いや。たばこ、吸いたいなあって」
「未成年でしょ」
「いやー、たばこなんてね、吸わないほうがいいですよ」
あきらかに、吸ってるひとの言いかた。ねえ、あなたは肺もこころも、もう、取り返しつかないくらい真っ黒なの。
あなたが、いとしい。
いとしくて。いとしくて。
つい呟いて、しまうのだ。
「……なんで」
「え?」
「なんで、どうして、私じゃ駄目なの……」
私なら。
私なら、あなたのことをわかっているよ。
あなたがたとえ黒いひとであったって、それだってぜんぶ受け容れるよ……。
彼は答えず、ポケットから飴玉のふくろを取り出して、舐める? と、訊いてきた。
「……ううん、いらない。あ、でも、和樹の舐めた飴なら舐める……」
「こら、変態発言」
「いいもん、どうせ、変態だもん」
恋びとでも、ないくせにね。
あなたは、飴を舐め始める。落ち着かないときの、あなたの癖。なにかを口に入れるのって、幼児退行のあかしかもよ?
光の残滓も、いよいよ消えそう。私は、決めなければいけない。いま。ここで。
「私なら、和樹をいちばん愛せるよ」
「知ってる」
「私は、和樹を愛しているよ」
「知ってる」
「でも、駄目なんでしょう?」
「……うん、そうだね」
ああ、残酷なあなた。
でも、それは優しさなのかもね。
吐きたくなるほど、気持ち悪い。
「和樹」
私は優しく呼んで、あなたをこちらに振り向かせ――その甘い甘い唇を、思い切り噛んだ。千切れるほどの、勢いで。
あなたは目をまんまるにして、言葉にならない声を発する。かぎりなく焦った声で、痛い、なにするんだよ、痛いだろ、とかそんなようなことを言っているようだ。ああ、可愛いなあ、どうしてこんな可愛いあなたが、私のものにならないのだろう……。
これはね。
私の、私なりの、あなたへのキスだから。
だから、痛くてもちょっと、我慢して、ね。
私のものにならないあなた。私のほかを選んだあなた。そんなあなた、いなくなってしまえ。嘘。ずっといて。永遠に、生きていて。私のそばにいて。私から、離れないで。私を見捨てないで。私を、
嫌いに、ならないで。
あなたの唇は、甘かった。たっぷりと、しかしぱさついた、人工甘味料の味。
私の愛はきっとこの味なのだ。
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