003
【深夜。高層ビルが立ち並ぶ街の空を、二つの人影が颯爽と駆け抜けていく】
【二人とも紺色のツナギを身にまとってはいるものの、その俊敏で無駄のない動作は、決して普通の作業員にマネできるものではない】
【二人の人影はどちらも男のものであった。一人はボサボサの頭に、やる気のなさそうな目。なんか背中と腕のところに、オリジナルのロゴマークを張り付けている。アイロンで張り付けることができる奴だろう。滑稽である。中二病乙】
【しかし、もう一人の人影が、そのボサボサ頭忍者の滑稽さを帳消しにしてしまうほどクールだった。ツナギの上半身を脱ぎ、袖を腕のところで結び、背中には一本の長刀をビシッと背負っている。『え!忍者なのに小刀じゃなくて普通の刀を使うんですか!マジ!?』と、すれ違う忍者から羨望の眼差しを向けられる事間違いないだろう】
【しかし何より、その忍者は『アフロ』というこの世で最もカッコイイ髪型をしていた。カッコよすぎて隙が無い。これは今年のベストツナギスト賞とベストアフロ賞は彼に独占されるとみて間違いないだろう】
【ちなみに、このアフロは地毛ではなくカツラである。カツラと言ってもドン・キホーテで売っているようなパーティーグッズの類ではない。スパイダーマンもビックリな、刀では絶対に斬れない特殊繊維で作られた拘束糸になっている。発想次第で様々な状況で活躍できる優れモノだ】
【そういえば、ナルトも少年編ではツナギを着ていたが、岸本先生は現代忍者の忍び装束がツナギであることを知っていて、ナルトにツナギを着せたのだろうか。それとも、忍者とは最終的にツナギにたどり着く様にできているのだろうか。ねえねえ、律月はどう思う?】
「うるせーよ!いい歳してナレーションごっこすんな!途中からナレーションすらしてねぇし!何で最後普通に質問してんの!」
【え?跳んだり跳ねたりしてアフロが落ちないのかって?安心してほしい。俺の日本刀には特殊な細工がしてあり、柄のスイッチを押すと……ほらね、刃先から強力な接着剤が出る仕掛けになっている。安心してくれ】
「どこに刀から出す必要があるんだよ!接着剤持ち歩けばいいだろ!」
仕事現場までの移動中、唐突に前を走る俺の叔父「服鳥輝彦」、通称アフロさんが、ナレーションをごっこに興じ現在に至る。叔父は、忍者としての技術や経験は豊富なのだが、先輩とは別のベクトルで面倒くさい。
「夏休み初日の男子高校生はテンションが高いな。頼りがいがある。でも、そんな時だからこそ気を引き締めろよ。お前がドジって死んだら、あの世で兄貴に合わせる顔が無ぇ」
「別に普通だろ。俺はいつも通りだよ」
「今朝、香澄ちゃんから電話があってな。お前、同じ部活の先輩と付き合ってんだろ。お前もリア充の仲間入りだな殺すぞ」
「殺す分にはいいのかよ。つーか付き合ってない。ちなみにさ、今日の仕込みって一日で終わる?」
「多分な。悪徳企業に盗聴器とカメラ仕掛けて、あとは警察に投げて終わりだ。まあ、俺としては、悪徳企業のカス共なんざ、斬っちまった方が楽でいいけどな」
「……」
「冗談だよ」
アフロさんは一度振り返り、黙り込む俺を見た。冗談と言ってはぐらかしたものの、アフロさんレベルの忍者なら、暗殺した方が手っ取り早いというのは別に間違っていない。言葉を濁した原因は俺自身にある。
俺は人を殺せない。厳密に言えば、人を殺せない忍者になってしまった。
二年前。俺は初めて仕事中に、本格的な戦闘に巻き込まれた。相手は圧倒的に格上の殺し屋だったが、アフロさんと二人で応戦したため、互いに消耗しながらも何とか相手に致命傷を与え、その場から離れるチャンスを掴むことができた。
なのに、俺は逃げなかった。
今でも明確に思いだせる。あれは敵に立ち向かう勇気などでは無く、弱った相手を確実に仕留めようとする完全な殺意の塊だった。アフロさんの静止を振り切り、俺は恐怖に駆られるがまま相手の息の根を止めた。
冷静に、冷徹に、両親の遺言を順守し、殺人マシンのような手際で相手を殺した。
時雨坂紅葉という殺し屋。つまり……先輩の父親を殺した。
忍者は社会を裏から支える存在だ。よって人を殺める場面も少なくない。凶悪な犯罪者を極秘裏に暗殺する【断罪】という暗殺専門の班もあるくらいだ。
それでも、忍びが誇りを持ち続けていられるのは、『無意味な殺生をしない』という個々の決意によるものだ。それこそが殺人鬼と忍者の明確な差であり、絶対に越えてはいけない境界線になっている。
相手も殺し屋である以上、いつ殺されても文句を言われる筋合いはない。しかし、相手が殺し屋だからこそ、自分が忍びだからこそ、闇雲に人を殺めてはいけないという矜持がある。それこそが、俺達を殺人鬼ではなく忍びとして留めておく境界線なのだ。
でも、俺は一度その線を越えてしまった。もしかしたらまた越えてしまうかもしれない。
あのときからずっと、得体のしれない別の恐怖心に駆られ、なるべく戦闘を避けるように生きてきた。現在は主に盗聴器やカメラ等を仕掛け、警察に情報を提供する【仕込み】という班に帰属している。
アフロさんは元々、人手の少ない部隊全てに帰属できる【十全】という班に帰属していたが、俺の一件に責任を感じ今は同じ班で活動をしている。
「俺は、お前のその生き方、間違ってねえと思うぞ」前を走るアフロさんが、こちらを振り返ることなく言った。「忍者やってりゃ、生殺与奪を委ねられる場面なんて腐るほどある。一度殺しにハマって抜け出せなくなって、【断罪】に処分されたり、【捕縛】に捕まる奴も少なくねえ。そんな中、お前は『殺さない』っていう忍者として矛盾したルールを背負ってまで、こうして仕事してんだ。誇っていい」
「そうかな」
少しだけ気持ちが楽になった。アフロさんは基本的に面倒な人だが、たまに良い事を言ってくれる人でもある。この辺りは先輩に少し似ているかもしれない。
「殺しと言えば、最近この辺りに『狩人』って殺し屋が来てるらしいな。鬼の面被って。お前、何か知らな―――」
「知らない。全然知らない」
俺は食い気味に答えた。せっかくいい感じに心の傷が癒えていたところなのに、別の傷口が開いてしまったらたまったものではない。しかも、もし先輩の事が知られてしまったら、先輩が【断罪】に斬られるだけではなく、共犯者として俺まで斬られる可能性もある。それだけは絶対に阻止したい。
「そうか。まあ、知らないなら別にいい。奴らは少し特殊な殺し屋でな。鬼の仮面を被っているから殺人鬼集団って呼んでいる奴もいるくらいだ。お前には不要な助言かもしれないが、もし奴らと戦うことがあっても、絶対に相手は殺すな」
「特殊って?」
確かに先輩は特殊かもしれないが、それは性格と性癖の話だ。まさか、五人全員が先輩みたいな人だという事はないだろう。
「奴らは集団でありながら共闘を好まず、互いの素性も明かしていないらしい」
「それって、集団である意味あるの?」
「奴らはあくまで『狩人』というブランドを共有しているに過ぎないのさ。でも、だからこそ狩人内には面倒な制約がいくつかあるらしくてな。その一つが『メンバーが殺された場合、代わりに入ったメンバーの後釜が、前任者を殺した相手をどこまでも追いかけて殺す』というものらしい。まったくタチが悪い」
「……うわ」
ドン引きする俺の反応を見て、アフロさんはフッと笑ったが、俺は別にタチが悪いことにドン引きしたわけではない。
俺はてっきり、先輩は親の仇だから俺を殺そうとしているのかと思っていたが、どうやら本当はこの『制約』に則って行動していたようだ。
つまるところ、俺がいくら懺悔しようと、悔い改めようと、毎年先輩のお父さんの墓参りに行こうと、あの奇襲は継続されるという事。
俺が死ぬまで、先輩は俺を殺しに来るという事。
勝手に解釈し、先輩に狩人について聞くことを横着したのが仇になった。
傷口が開くどころか、内臓が握りつぶされそうな情報に、俺の心はひどく憔悴していく。そんな俺を気にかけることなく、アフロさんは「着いたぞ」と言って、ビルの屋上で止まった。
着いたのは二十階建てのビルだった。屋上には中央に貯水タンクが数個と出入口が一つあるだけで、殺風景な光景が広がっている。このビルのテナントの一つが今日の目的地だ。
アフロさんは辺りを見渡した後、すぎさまで入口へ向かいピッキングの準備を始め、俺は周囲を警戒する。いつものルーチンだ。数秒で『ガチャリ』と鍵の開く音が鳴り、アフロさんが先行して中に入る。中の安全を確認したアフロさんからのハンドシグナルを受け、俺も中に侵入した。
最小限の動作、最低限減の呼吸で、俺たちは目的のフロアまで非常階段を飛び降りていく。十五階まで下ったところで、アフロさんが『待て』のハンドシグナルを構え立ち止まる。ドアに耳を当て中の様子を伺うと、颯爽とフロアに侵入した。
俺は入らずこの場で待ち、スマホに連絡が入り次第侵入するのがいつものパターンだ。連絡がこないまま十分経過したら、アフロさんは死んだものだと考え行動する段取りになっている。非情かもしれないが、これが忍者のデフォルトである。
アフロさんが侵入して三分ほどで、スマホに『警備の人も社員も居ないよ☆やったあ!貸し切りだ☆☆』と、緊張感を一切感じない通知が届いた。この気持ち悪い文体も、アフロさんのデフォルトである。
中に入ると左右に伸びる廊下があり、廊下を挟んだ前面には、間仕切りの無い大部屋になっていた。セパレートで区切っているものの、複数の部署が同じ部屋に点在しているレイアウトのようだ。廊下の左奥にはトイレ、右奥には総務部と社長室が位置している。廊下は電気がついていたが、部屋の中はさすがに真っ暗だった。
アフロさんが大部屋の奥から黙って手招きをし、俺は近づいた。
「大部屋とトイレは俺がやる。お前は、端の総務部と社長室を頼む」
「やっぱり詐欺って儲かるんだね。こんな立派な会社だとは思わなかった。もう少しショボイと思ってた」
「詐欺会社でも色々あるのさ。ここはその中でも比較的グレーな部類だ。だから警察も独自での証拠集めは諦めて、俺達に仕事が回ってきた」
「不正な証拠を集めるために不正を働くなんて、世の中上手くできてるよね」
「正しく生きるためのコツは時に不正をすることだ。とっとと終わらせて帰るぞ」
アフロさんは装備ポーチから小型カメラと盗聴器を数個取り出し、俺に手渡した。俺はすぐさま端の部屋へ向かい、丁寧に、そして素早く機器を設置していく。機器の設置自体はさほど難しくなく、慣れれば素人でも扱える代物だ。
仕込みの仕事でもっとも難しいのは、目的地にたどり着くことと、目的の施設に侵入することだ。なので、今回のように警備がザルな施設は、侵入できた時点で仕事の八割終えたといっても過言ではない。後は防犯カメラに映らないように立ち回るだけだ。
三分ほどで総務部への設置を終え、残るは社長室だけとなった。これならば時間にお釣りがくる。早く終わったらアフロさんを手伝うか。
俺は社長室へ踏み込んだ。
「兄ちゃん。今日は久しぶりに、綺麗な月だと思わねえかい?」
入ると同時に初老の男の声が聞こえた。
社長室は、社長が使うであろう大きめの机が部屋の奥に設置さてれおり、その背後はガラス張りになっていた。
声の主は、真っ黒いコートを身にまとい、机の上で胡坐をかきながら動かずに外の景色を見ている。
顔はまだ見えていない。より正確に表すなら『顔に被っているであろう鬼の仮面』はまだ視認していない。
しかし、見るまでもなく分かってしまう。ここまで殺気交じりの余裕を垂れ流されては、自分を騙すことも難しい。
―――アフロさんのクリアリングが適当だったのか?いやそれは無い。あんなふざけた髪型をしていても、そんなヘマをやらかす人じゃない。純粋にアフロさんの索敵より、コイツの気配絶ちが勝っていただけ。
「社長ってのは働き者なんですね。こんな時間まで残業ですか」
「生憎、オイラは社長なんて大層なものではないよ。でも働き者ってのは当たってるねえ。今夜も月を見ながら仕事に精を出していたところさ」
「怠慢だな。空見ながら仕事って、天気予報士じゃあるまいし」
「ははっ。そりゃそうだ。でもな。オイラ天気の予測は出来ねえが、いい日になりそうな予感は結構当たるんだ。まさか、こうして『待ち人』に会えるなんてなあ。年甲斐もなく、運命なんてものを信じたくなっちまったよ」
待ち人。つまりこいつは、俺を探していたという事か。思い当たる要素は一つしかない。時雨坂黎明が殺し損ねている俺を他のメンバーが代わりに殺そうとしている。そう考えれば辻褄が合う。
「今日は何しに来たんだい?その反応を見ると、オイラを殺りに来たってわけじゃないんだろ」
「この会社に用事があっただけだ。お前らみたいなイカレタ殺し屋なんかに、積極的に関わりたい奴なんていない」
「はははっ。そりゃそうだ。お前さんなんて特にそうだろうな。服鳥律月君」
やっぱり俺を知っている。だとすれば、やはり先ほどの予想は正解のようだ。
そうなると、これから俺に取れる選択肢はそう多くない。
一番最悪なのは俺が死ぬことだが、二番目に最悪なのは「アフロさんに先輩の正体を悟られること」だ。
もし大声を出してアフロさんを呼べば、現状は打開できるかもしれない。ひょっとしたら、コイツから芋蔓式に狩人全員を捕まえることができるかもしれない。でもそれでは駄目だ。先輩以外ならともかく、先輩ごと捕まえさせるわけにはいかない。
色々と考えた結果、最終的に一つの答えにたどり着いた。とても簡単で、シンプルな答えだ。
「俺はこの部屋に、小型カメラと盗聴器を仕掛けに来ただけだ。それさえできればすぐに出ていく」
「それはできない相談だ。オイラも仕事でこんな時間に出勤してたもんでね。本当はこの部屋に誰か入ってきたら無条件で殺すって契約だったんだけど、兄ちゃんは殺せないから困ってんだ」
「俺を殺せない?どういう事だ?」
どこか話が噛み合わない。先輩の代わりに俺を殺そうとしているなら、これはむしろチャンスのはずだ。殺すのは先輩に直接やらせて、俺を捕まえる気なのか。いや、こいつの反応から察するにそういうつもりでもなさそうだ。
何かがおかしい。俺は何かを勘違いしているのか。
「一つ頼みごとがあるのさ。もっとも、兄ちゃんが弱ぇと意味が無いのかもしれんのだが」
鬼は机から降り、コートの袖から筒状の物を取り出す。それを勢いよく右に振ると、遠心力で筒は伸び、先端から両刃が飛び出した。先輩と同じように、折り畳みタイプの得物だ。こちらを向いた顔には、一本角で細い目が六ある鬼の面を被っている。
「兄ちゃん。都合のいい頼みだいうのは重々承知だが、オイラの頼みごとを聞き入れて、そのままカメラ持って帰ってくれないかい?」
俺は腰から小刀を抜き、左手首にスナップして、手首のホルスターからクナイを左手に構えた。
「断る」
殺人鬼は肩で笑い、槍を構えた。
「しゃあねーや。ちょっくら、この『黒槍』と遊んでもらおうか」
黒槍と名乗った殺人鬼は、言い終わると同時に一切の音を立てず急激に距離を詰め、手に持った槍を俺の首元へ真っすぐ伸ばした。
―――結構早ぇぞコイツっ!
咄嗟に小刀で槍を上に弾く。がら空きの胴体にクナイを振り下ろそうとするが、こちらがモーションに入るより早く、黒槍は弾かれた反動を利用し体を捻り回し蹴りの態勢を整えている。頭で考えるより早く、その体制を見た瞬間、俺は後ろに大きく飛んで距離をとりつつ左手のクナイを投擲するが、投擲したクナイは見事に槍に叩き落された。
投擲の瞬間、俺は見た。
奴は俺が空中でクナイを構える前から、すでにクナイを叩き落す構えに入っていた。
初老の男なら身体能力は俺の方がやや勝っているはずだが、黒槍はそのハンデを十二分に埋める技術を持っている。
心を読む超能力者のような動きは、戦闘経験の差によるものだろう。
相手の行動を読み取り、自分の次の手を決める。そこからさらに予想を立て、次の手に対処する。つまり、コイツの戦闘スタイルは、相手の次の手を全て潰していくスタイル。
「兄ちゃん。あんたまさか、忍者のくせに人を殺せないのかい?」
「……」
やっぱり、ただの超能力者かもしれない。
「はは、図星か。通りで急所を狙わねえわけだ。宝の持ち腐れだぜ」
「お年寄りは大切にしろって小学校で習っただけだ」
「たとえ腕がよくても、『殺せない』って時点でオイラの勝ちだぜ。さっきも言ったが、オイラは、この部屋に入ってきたやつを殺せって契約をこの会社と結んでるだけだ。悪いことは言わねえ。とっとと降参しちゃくれねえかい」
【心の古傷を抉られた律月は、再度ホルスターからクナイを取り出し無言で構えた。静けさと緊張感で満たされた空間で、忍者と殺人鬼がひたすら睨み合う】
【律月はふと思った。もし俺がアフロのカツラを被っていたら、ここでわざとカツラを床に落とし、相手が笑った瞬間に攻撃を仕掛けることができたのではないだろうか。と】
【律月は後悔した。地毛では無理でも、せめてカッコいい輝彦の叔父さんを見習って、アフロのカツラをドン・キホーテで買っておくべきだった、と。去年の忘年会で、叔父さんがくれたカツラと接着剤入りの刀を持ってくるべきだった、と】
【しかし、輝彦は気づいた。もし甥っ子がアフロを気にいってしまい、アフロの魅力に気付いてしまったら、俺とキャラが被るのではないか。むしろ若く親しみやすい分、律月のアフロの方が人気が出るのはなないか、と。ねえねえ、律月はどう思う?】
「……ありゃ。立派な髪だな」
「おいクソアフロ。さっきから入り口の脇に突っ立って何してんだ。あとさっきも言ったけど、何でナレーションが普通に質問してんだよ」
いつの間にかアフロさんが入り口の壁に寄りかかり、来た時同様にナレーションごっこに興じていた。しかも、最後の方に至ってはナレーションの原型はない。
「助けに来てやったのに、酷い言い草だな」
「そもそも、あんたの索敵がきちっとしてれば、こんな事態になってねーよ」
「そりゃそうだな。で、狩人の爺さん。『この部屋に入ったら殺す』ってルールは俺にも有効なのか。この部屋に一歩でも入ったら、お前らのチャンバラ遊びに混ぜてくれるの?」
アフロさんのふざけた口調が一転、背筋が凍りつくような殺気が入り口から流れ込んできた。混じりけの無い純粋な殺意。自分の体を人を殺める道具に落とし込み、標的を駆逐する機械へと一瞬に昇華させる。
狩人が殺し屋という体の殺人鬼なら、この人は忍者という体の殺戮兵器だ。
「もちろんだ例外なんてないさ。もっとも、アフロの旦那とはできれば殺りあいたくないねえ。そんな見せつけるように殺気を垂れ流してる奴とはさ」
「そうか。じゃあ取引だ。俺たちはすぐにここから立ち去る。この部屋にカメラや盗聴器は置かねえ。その代わり、向こうの部屋に着けた機材には手を触れるな」
「ははっ、そいつは願ったりな提案だ。俺はこの部屋に入った奴を殺す契約しかしてないんでね。それ以外は知った話じゃないね」
「交渉成立だな」
垂れ流しの殺気が一瞬で消え失せ、アフロさんはフロントの方へ戻っていった。黒槍は「やれやれ」と言い、展開した槍を小さく戻して袖に収納した。
「結局さ、頼みってなんだったの?」
部屋を出る直前、俺はどうしても気になっていたことを口にした。だが、黒槍はそれに答えることはなく、後ろを向いたまま手を振った。
その後、俺はアフロさんと合流し、入ってきたルートを遡りビルを後にした。俺はてっきり怒られるものだと思っていたが、アフロさんは特に何も言う事はなく、黙って夜の街を跳ねた。
「もしさ、あの時アフロさんと黒槍が戦ってたら、どっちが勝ってた?」
特に深い意味はなかったが、俺は何となく居心地の悪い空気を変えようとアフロさんに声を掛けるが、アフロさんは「さぁな」と一言いうだけで何も言ってはくれなかった。
無言のままビルから跳び続け、数キロ離れた住宅街でアフロさんは跳ぶのをやめた。「報告書と始末書書かねーといけないから、今日はここで解散。お前は真っすぐ家に帰れ」と、いつものやる気のないトーンで言うと、アフロさんは夜の闇に消えていった。
簡単な仕事のはずが、随分と面倒な事態になってしまった。
アフロさんの様子も気になるが、それ以上に気になるのは狩人についてだ。どういう経緯化は知らないが、黒槍が俺の名前を知っていたという事は、気づいていないだけで俺も関わっているという事で間違いない。
それが先輩経緯の話なのか、それとも俺が前に殺めた先輩の父さんの話なのか。
現在の時刻は深夜二時を少し回ったところ。
可能性を突き詰めたところで埒が明かないと判断し、俺は「起きてます?」と先輩にメールを送った。すると、五秒もたたずに折り返しの電話が掛かってきた。
「こんばんは。こんな時間に連絡してくるなんて珍しいわね。それとも、眠れない夜に思わず電話しちゃうくらい私の事が好きなのかしら?」
寝ぼけているのを期待したのだが、どうやら先輩は深夜でも平常運転のようだ。
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