第130話 小林泉という男⑦
当たり前の様に愛斗を受け入れた菅ちゃんではあったが、全くの他人を家族として受け入れていくには、3人それぞれがそれぞれに心を削っていかなければならなかった事も多かったに違いない。僕らエイトナインは、その見えない悲しみや苦しみを…それと同時に得る事もできたであろう3人の喜びも同時に、実は日々、肌で感じていた。だからつい先日、菅ちゃんがさりげなく飾った家族写真を見て僕らはほんの少し胸を撫で下ろした。僕だけは、あえてその菅ちゃんが自分で撮ったというセピア色の写真をまじまじと見つめて
「菅ちゃんの方が僕より才能があるんじゃないか?」
と茶化した。
彼はぽりぽりと頭を掻くと、何も言わずに照れながら僕を見た。
「いい写真だ。なぁ、菅ちゃん。」
写真が置かれたあの日、僕はドアの隙間から、スタッフが一人一人菅ちゃんのデスクに近づくと、優しい目でその写真を見つめるの見ていた。
菅ちゃんは例によってオフィスにはいない。
けれどもそこだけは温かかった。スタッフがひと通り写真を見終えるのを見計らった様に真奈美が現れ、暫く首を傾げながら写真を見ていた。そして、手の甲でその写真を優しく撫でた。
誰もがその想いをじっと心の奥にしまった。
細い細い風に吹かれる蜘蛛の糸が、そのうち
にしっかりとした蚕の吐く糸に似た強い絆へと変わる様、誰もが心の中で祈り続けた。そしてそれは、決して声に出してはならない祈りでもあった。
その切なる想いを、小林泉はあっさりと破ってしまったのだった。
「いやぁ、可愛い息子さんですね。」
彼は、ここの誰もが手に取る事さえできなかったそれをやすやすと持ち上げると、菅ちゃんを見てこう言った。
「奥様似ですか?」
小林の言葉に、彼は一瞬泣き笑いをする子供の様な表情を浮かべたまま、オフィスを軽く見まわした。
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