第122話 賭け④
シスターは下げた目線を菅ちゃんに向けた。
「私は…、いえ、ここに関わる全ての人々は、神がここに使わして下さった大切な大切な宝である子供たちを、裕福である事や著名だからという理由で、富や名声を得た人だからという理由で…、その人達に引渡す事は決してありません。なぜならそこには「愛」のみが必要だと考えるからです。同じ人間としてお互いを尊重し、慈しむ心がお互いにない限り、子供達にとっての幸せは残念ながらここにいるしかないからです。おわかりですか?私はただ、あなたがここにいらっしゃった時にあなたが子供達に向けた視線がとても残念でなりませんでした。とても悲しくてなりませんでした。」
菅ちゃんはゴクリと唾を飲み込むと、膝に組んだ両手をグイと自分に引き寄せた。
「良いのです。ですから良いのです。
実を言いますと、私は皆様がそろってここにおいでになるのを…愛斗君を中心に考えさせて頂きますととても危惧しておりました。ただ…。」
シスターは僕の方を見て言った。
「先生が愛斗君におっしゃったお言葉が、私の胸に引っ掛かっておりました。」
彼女は姿勢を正して身体ごと僕に向き合った。
「“この本を作った洋子さんを連れてくる”」
今度は菅ちゃんを見た。
「愛にあふれたお言葉でしたよ。ですから、わたくしはお待ちしましたの。もし今回の皆様の訪問で、もし愛斗君が傷つく様な事があったとしても、名も無い小さな養護施設の、世間からも親からも見捨てられたたった一人の愛斗君に先生がわざわざお手紙を書いて下さった。そして、彼の初めての訪問者になって下さった…。彼に笑顔を下さった。
ですから、どの様な御事情がおありかは解りませんが…。先生と、先生が大切になさっている方のお力に、微力ですが私がお役に立てればと思ったにすぎません。」
僕らはまさに言葉を失い、身動きすらできないでいた。ただ、真奈美だけが、深々と頭を下げ固く目を閉じた。
「あぁ…。」
洋子の、かすかな声が僕達を捉えた。
菅ちゃんが弾かれたように席を立ち洋子に向った。
僕はだた、小さくなって涙を流し続けている真奈美が気になって仕方がなかった。できればその肩を抱きしめたい衝動に駆りたてられていたが、僕の両手は固まったまま僕の太ももを握りしめていた。
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