第121話 賭け③

「御挨拶が遅れました…。」


 日頃、雑言や、雑(ぞう)音にまみれて暮らしている僕達にとっては耐え難い静寂を、シスターは静かに破った。

 「菅原さん…でいらっしゃいますね。」

 一瞬彼は僕を見た様な気もしたが、彼も静かに頭を下げた。


 「さぁ…。いかがしましようか…。私が愛斗君の手紙を先生に送ってしまった事で、皆様の間にさざ波が立ってしまった様にお見受けしますが。」

 今度はシスターが深く頭を下げた。ヴェールが布を磨る音がする。


 「最初に申し上げますが、わたくし共は決して、あなた様に愛斗君を預かって頂こうなどとは考えてはおりません。」

 シスターは目線を落としたまま、体だけを菅ちゃんに向けて話し始めた。

 「わたくし共は、神の御心のままにこの世界に生かされていると信じ、またその意味を見い出す事を仕事としてここに生活をしております。ここに集まった子どもたちは、外の世界から見れば…菅原さんからみればと言い変えた方がよろしいでしょうか。とても不幸な環境に生まれ育っております。おそらく、貴方様が御存じでない全く違う世界に育った、理解出来ない部類の子どもたちに違いありません。」

 「部類」という言葉に語気を強めて、シスターは続けた。


 「それでも意味があるのです。それぞれが、神の祝福を得てこの世に誕生しました。ですから、ここにいる子供達にも生まれてきた意味が必ずあるのです。そして私は今、この機会に是非貴方に知って頂きたいのです。この様にしてこの様に精一杯生きている子供達がここに存在している事を。そして菅原さん、貴方の会社が創られた本が、ここにいる傷ついた子供の心を潤してくれた事を。」

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