第104話 もう一つの苦悩④

 「僕が原因だったら良かったのに…。

僕の病気が発病して以来、僕は今に至るまで病気の進行を抑える薬を飲み続けています。まだ自分が結婚する事すら考えていなかった頃、僕はふと思ったものです。“この薬が、僕にどの様な副作用をもたらすのか?と。もしかしたら、子供ができなくなったりするのではないか”と…。」

 「僕以上に子供を欲しがっていた洋子にとって、その事実は到底受け入れ難いものだったと思います。その日以来、洋子は、ありとあらゆる医学書を読み、数々の病院を渡り歩きました。そして最終的に僕たちは、体外受精という道にたどり着きました。

先生、体外受精をご存じですか?」

 幾度となく耳にした言葉だが、僕にとってその知識は皆無に等しかった。

 小さく首を振った僕に彼は答えた。


 「簡単に言えば“洋子の卵子を体内から取り出し、それに僕の精子を医学の力を使って巡り合わせる”というものです。」

 大きなため息と共に彼はこう言った。

 「僕たちは、それこそ、日本で有数の不妊治療医を訪ね歩きました。その中でも、不妊治療の権威と言われている先生を尋ね、食べ物から全て、洋子が子供を授かる事ができる様、数々の助言を頂きました。」


 あの日由香里がぶつぶつと独り言を言いながら手に取っていた食材はその為の物だったのか…。あの日以来の大きな謎が一つ解けた瞬間だった。


 「いくら指導された事を守って日常生活を送っても、いくら治療を受けても、僕たちに子供を授かる事はできませんでした。そしてその時先生がおっしゃった言葉を、僕も真奈美もそれぞれの想いを抱きながら聞きました。

“懐妊する可能性がゼロの患者さんが子供を授かる事もあれば、医学的にこれといって何の問題もないと思われる御夫婦に子供が授からない場合も多々あります。ある程度の治療をした後のこの部分は、私達医者の力では、どうする事もできない領域です。あくまでもこれは私個人の意見ですが、私は受精から出産に至るまでを、実は「神様の領域」だと考えています。医学的見解を求めてここへ来られた方々にとっては、がっかりする私の持論かも知れませんが…。」


 「先生。僕はその時までこう考えていました。“結婚したら子供が産まれて、その子の思春期やら反抗期やらに悩みながら、一つのの家族を形成していくものだと…。ところがどうやらそれは、全ての家族に与えられるものではなかった様です。その中の1つに、僕たちは選ばれてしまった…。」


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