第95話 今日という日①
その後、それぞれが想い想いに話をしたが、不思議な事にそのどれもを、僕は全く覚えていない。僕の記憶が定かになるのは、実は由香里がオフィスに来てからの事だ。
「ぱたん」
ドアが開いて、由香里が入って来た。
「由香里…」
「おばさん…。」
僕と達夫が、ほぼ同時に声を上げた。
真奈美と菅ちゃんが立ち上がる。
「すぐるちゃん、社長、真奈美さん。本当に申し訳ありませんでした…。」
由香里はそう言うと、真奈美の足元に手をつけると、床に頭をこすりつけた。
僕が慌ててその手を取り立ち上がらせた途端、由香里は達夫を見ると、達夫の頬を思いきり引っ叩いた。達夫はよろよろとよろめいて2,3歩後ずさると、叩かれた頬に手を当て、「ごめんなさい」と小さく頭を下げた。
「達っちゃん、勘違いしちゃいかん。おばさんは、あんたのお父さんやお母さんを、ちっとも恨んどらんとよ。」
由香里は乱暴に、達夫の両肩を揺さぶった。
「正直に言おう。その昔、あんたの両親を恨んで恨んで、眠れんやった日もあった。だけどね…。よーく聞きいよ。」
由香里は大きく肩で息をしながら話を続けた。
「達っちゃんのお父さん、お母さんを殺したいと本気で思ったその夜にね、とおるおじちゃんが夢に出てきたとよ。そしておばちゃんに、こう言うたたい。
「死んだとが俺だけで良かったやっか」って。「そのお陰で、5人の命が助かったやないか」って。
“5人”って、わかるね?」
達夫の顔を覗き込みながら、由香里は小さく眉根に皺を寄せた。
「お父さん、お母さん、それから、あんた達兄弟3人たい。」
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